『中国の「よい戦争」 (原題)CHINA’S GOOD WAR 甦る抗日戦争の記憶と新たなナショナリズム』ラナ・ミッター著(みすず書房)

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中国の「よい戦争」

『中国の「よい戦争」』

著者
ラナ・ミッター [著]/関智英 [監修]/濱野大道 [訳]
出版社
みすず書房
ジャンル
社会科学/政治-含む国防軍事
ISBN
9784622090878
発売日
2022/07/21
価格
4,840円(税込)

書籍情報:openBD

『中国の「よい戦争」 (原題)CHINA’S GOOD WAR 甦る抗日戦争の記憶と新たなナショナリズム』ラナ・ミッター著(みすず書房)

[レビュアー] 井上正也(政治学者・慶応大教授)

米と覇権争い 歴史も「利用」

 過去の戦争を人々がどのように記憶して受け継ぐかは、古くて新しい問題である。一国のなかでも激しい論争になることが珍しくないなかで、国境を越えて加害者と被害者の認識を一致させるのは容易なことではない。

 日中間の歴史認識問題をめぐって、しばしば、中国は歴史を外交カードに利用しているという批判がなされてきた。しかし、本書を読むと、中国にとって日本との戦争をいかに記憶するかは、外交カードという以上に、自国のアイデンティティを形成する上での重要な問題であったことが分かる。

 もともと中国にとって、日本との戦争の記憶はねじれていた。それは日本軍と戦った主体が、中国共産党ではなく、蒋介石の国民党であったからだ。だが、1980年代に入ると、中国でも国民党の再評価が進み、抗日戦争の記憶は、階級闘争に代わって人々を結束させる新しいナショナリズムの原動力となった。

 そして、21世紀になると、大国となった中国は、自国が日本による侵略の被害者であるのみならず、主要な交戦国として第二次世界大戦の勝利に貢献したという物語を主張するようになった。その背景には、1945年の新たな国際秩序の創設に中国も関与したと主張することで、アメリカがアジア太平洋地域を解放したという記憶に挑戦し、自国のソフト・パワーを高める狙いがあった。

 しかし、様々な媒体を通じて、抗日戦争の記憶を活用しようとする中国の試みには矛盾も内包されている。国民党の役割を含めた包括的な歴史を認めることは、これまで共産党の造り上げてきた歴史神話を傷つけることになりかねない。また現状において、戦争をめぐる言説が中国の道徳的権威の向上につながっているとは言い難い。

 本書が改めて教えてくれるのは、歴史もまた政治や経済と同じように中国がアメリカと覇権を競う手段の一つになっている事実だ。国家戦略としての歴史認識問題を考えるための重要な一冊である。関智英監訳、濱野大道訳。

読売新聞
2022年9月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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