『江戸の怪談がいかにして歌舞伎と落語の名作となったか』櫻庭由紀子著(笠間書院)

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江戸の怪談がいかにして歌舞伎と落語の名作となったか

『江戸の怪談がいかにして歌舞伎と落語の名作となったか』

著者
櫻庭由紀子 [著]
出版社
笠間書院
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784305709646
発売日
2022/06/27
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

『江戸の怪談がいかにして歌舞伎と落語の名作となったか』櫻庭由紀子著(笠間書院)

[レビュアー] 宮部みゆき(作家)

怖い話 不滅のエンタメ

 著者は「噺家(はなしか)の女房」として知られる現代の戯作者。落語への愛情溢(あふ)れるその語り口と、ポップで可愛(かわい)らしいイラストの御利益で、本書は怪談が苦手な方にもお勧めできる正統派の「江戸怪談エンタメ入門」である。

 今年は記録的な猛暑だが、気候としては現代より遥(はる)かにしのぎやすかったはずの江戸の夏も、当時の人びとにとってはなかなかハードなものだったようだ。エアコンも扇風機も冷蔵庫もない。アイスクリームどころか、私たちが気軽に消費している氷でさえ、将軍家に恭しく献上されるほど特別なものであって、江戸の庶民には縁がない。そんな夏を乗り切るための秘策の一つが、怪談を楽しむことだった。怖い話でぶるりとして涼むのだ。

 「四谷怪談や皿屋敷、牡丹(ぼたん)灯籠、耳なし芳一の原話が生まれたのは、江戸初期から中期にかけてだ」。鶴屋南北の「東海道四谷怪談」は、文政8年に中村座で初演された。江戸のエンタメは、文化文政の化政期、南北などの芝居によりエンタメとして完成したと、著者は言う。エンタメは需要のないところでは成立しない。江戸の怪談が確実に商売になったのは、それだけ怪談を求める庶民の声があったからである。

 本書では、三百年ほどある江戸時代を「室町から江戸初期」「中期から化政期」「幕末から明治」の三つに分け、歴史による変化の流れがよくわかるように構成してある。江戸の四大怪談(全部ご存じですか?)の解説から、狐(きつね)や猫、蛇に蛙(かえる)という、化かし化ける生きもののエピソード。怪談のなかでスーパーナチュラルな存在として語られるようになった史上の有名人たち(平将門・崇徳院・菅原道真・蘇我入鹿)。幽霊になった花街の悲しい女たち。怪談のなかの勧善懲悪。章を追って読み進み、開化の明治に知識人たちによって怪談が否定されるようになったと思ったら、あの三遊亭圓朝が登場して大人気を博する。怪談は不滅なのだ。

読売新聞
2022年9月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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