『遠い声をさがして 学校事故をめぐる〈同行者〉たちの記録』石井美保著(岩波書店)

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遠い声をさがして

『遠い声をさがして』

著者
石井 美保 [著]
出版社
岩波書店
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784000615396
発売日
2022/06/16
価格
2,970円(税込)

書籍情報:openBD

『遠い声をさがして 学校事故をめぐる〈同行者〉たちの記録』石井美保著(岩波書店)

[レビュアー] 小川さやか(文化人類学者・立命館大教授)

故人に向き合う道 模索

 2012年の夏休み、小学1年生の浅田羽菜ちゃんがプール学習の事故で亡くなった。事故から10年間に起きた出来事を細やかに記録した本書は、かけがえのない存在の喪失に直面した遺族や出来事、故人にいかに向き合うべきかに関わる普遍的な問いを投げかけている。

 遺族の終わりのない喪の時間の中心には「なぜ、あの子を失わなければならなかったのか」という問いがある。この問いには答えがない。遺族が裁判や第三者委員会の設置に向けた運動、学校や教育委員会との交渉などを通じて実際に問うのは、「どのようにして事故は起きたのか」だ。だが遺族にとって「なぜ」と「どのようにして」という二つの問いは絡まりあっている。

 不妊治療を諦めた途端に生まれた「奇跡の子」。発達に遅れはあったものの、子どもの個性を中心に置く保育園で伸びやかに成長した羽菜ちゃん。この無二の存在は、事故の原因究明の現場で「要注意児童」等に還元され、日常を取り戻して未来を目指す「回復の物語」における過去の教訓へと変換される。それは「なぜ」という問いを抱えて止まった時間を生きる遺族には受け入れがたい違和感と痛みをもたらす。

 「あの子なら何を思い、どんなふうに動いたのか」。故人の独自性を中心に据えて事故の究明を求める遺族と、水深や監視体制などの概況に注視して仮説を提示する第三者委員会。同じ状況に身を浸した者による洞察や遺族による検証への参与を中立性や客観性と対置する視座は、検証の精度や目的として正しいだろうか。

 「なぜ」は、悔恨や自責の念を抱える教員をはじめ関わる者たちも自問する。答えのない自問を通じて「あえてあの時に踏みとどまる」。それが出来事と故人を忘却や教訓の淵から救い出し、遺族の同行者となりうる道ではないか。「故人の最後の声を遺族とともに探す」。著者は文化人類学者でもあるが、それはこうした事故に関わる者たちみなが模索すべきことだ。

読売新聞
2022年9月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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