『ルポ 誰が国語力を殺すのか』
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<書評>『ルポ 誰が国語力を殺すのか』石井光太 著
[レビュアー] 大岡玲(東京経済大学教授・作家)
◆想像力喪失 ネットが拍車
若い世代の活字離れを憂う言説をよく耳にする。しかし、現在の日本が直面しているのは、そんななまやさしいレベルの事態ではないのだ、と本書は告げる。童話『ごんぎつね』の一場面を、まるでホラー小説であるかのように誤読してしまう小学四年生たち。あるいは、あらゆることを「ヤバ」「エグ」「ウザ」と表現することしかできないために、暴力行為に走らざるをえなくなる若者たち。彼らは、言葉を使って考える習慣、言葉によって構築される想像力を失っているのだ。
感じ、考え、想像し、表現する。そうした「国語力」を子供たちから奪ったのは誰なのか。著者は綿密な取材とデータの考察によって、その喪失状況を解き明かしていく。まず俎上(そじょう)に上がるのは、「不適切な家庭環境」だ。貧困や虐待、移民家庭といった環境のなかで、「親が子供に対して話しかける言葉の量と質」が決定的に不足したために「国語力」は失われる。そうした欠如を学校教育が補完することはできるのか、といえば、今の教育行政はむしろ反対方向に向かっているように見える。さらにこの「国語力」喪失に拍車をかけるのが、ネット言語である。著者は、「現在の子供たちの国語力は、SNSの短文テキストコミュニケーションによって根底から揺さぶりをかけられている」、と述べる。
では、「国語力」はもう回復不能なのだろうか。本書の後半では、「国語力」再生へのさまざまな試みが紹介される。不登校児のためのフリースクールで、少年院で、ネット依存からの回復を支援する場で、そしてこの問題に深甚な危機感を持つ一部の学校で、心ある人々が苦闘している。言葉を記したカードを使い、気持ちの細分化を実感させる教育。自然の手触りで五感を刺激し、その経験を言語へと結びつけていく方法。哲学や文学を精密に読み解き議論することで「国語力」を磨きあげるメソッド。どれをとっても、驚くほどオーソドックスで地道な方法論だ。そのことに勇気づけられる。
(文芸春秋・1760円)
1977年生まれ。作家。『こどもホスピスの奇跡』で新潮ドキュメント賞。
◆もう1冊
今野真二著『うつりゆく日本語をよむ』(岩波新書)。日本語学者が提言。