天引き貯金を元手に億万長者になった東大教授・本多静六が、現代人の模範となる理由

エッセイ

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本多静六 若者よ、人生に投資せよ

『本多静六 若者よ、人生に投資せよ』

著者
北 康利 [著]
出版社
実業之日本社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784408538105
発売日
2022/09/20
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

人生に永遠の森を築け!

[レビュアー] 北康利(作家)


天引き貯金を元手に投資で巨万の富を築いた本多静六氏(久喜市教育委員会所蔵)

 本多静六――投資の世界では伝説の億万長者として知られ、自らの蓄財法を明かした著作『私の財産告白』が投資のバイブルとして読み継がれる一方、わが国初の林学博士として、日比谷公園をはじめ日本中の公園の設計、そして明治神宮の森の造林に携わり、関東大震災後には東京復興計画の策定にも関わった。そして後年、巨億の資産のほとんどを寄付し、若き世代を育てる礎とした。

 東大教授にして蓄財の神様、そして日本の「公園の父」と言われるまでになった本多静六は、現代の日本人にとって親和性が高く、模範となる人物だという。その理由とは? 本多の生涯と功績を辿り、知られざる実像に迫った評伝『本多静六 若者よ、人生に投資せよ』を執筆した北康利が語る。

 ***

 SDGs(持続可能な開発目標)の重要性が叫ばれて久しい。

 平成27年(2015)9月25日の国連総会で採択されたそれを、日本人はまるで黒船のように感じ、欧米から突きつけられたハードルの高い努力目標だと思っている。

 だが実はそのスキルに最も長けている民族は、なんのことはない我々日本人なのだ。

 偏狭なナショナリズムで言っているのではない。

 たとえば世界の王朝や政権の中で最も長く続いているのは日本の皇室であり、続いてプトレマイオス朝エジプト(275年間)、3番目が日本の徳川幕府(264年間)である。“中華四千年の歴史”などというが、彼らは頻繁に革命によって王朝を替えており、そのたびに血が流れている。

 わが国は領土すら大きな変動はなく、対外戦争における主たる敗北は白村江の戦いと太平洋戦争の2回だけ。元寇はからくも撃退し、国土を占領されたのはたった一度(それは少々致命的だったが)。

 そんな国は世界中見渡してもわが国くらいである。

 企業を見ると、そのサステナビリティのすごさがより明確になる。

 令和2年(2020)3月時点で、創業から100年が経過しているいわゆる100年企業は3万3076社にのぼり、世界全体の実に41.3%を占め、圧倒的な世界一だ。200年企業に至っては、なんと65%を占める(日経BPコンサルティング調査)。

 まさにSDGsのお手本のような国なのだ。

 出光佐三がしばしば「日本人にかえれ!」と説いたのは、わが国の中にこそ、危機に強い経営や危機に強い生き方の鍵があることを人々に思い出させたかったからに違いない。

 どうしてそんな国になったかと言えば、いくつかの要因が考えられる。

 そもそも火山活動で形成された国土のため、地震や火山の噴火が日常茶飯事である。不幸なことに、偏西風で曲がってやってくる台風の進路に沿って列島の形が湾曲している。夏は高温多湿で疫病が流行しやすく、山が海に迫っているため川の流れが急で保水力が乏しく日照りに弱い。しばしば干害に見舞われ、食糧不足や水不足をきたした。

 つまりこの国は“危機のデパート”であり、リスクマネージメントのできない組織や人は生き残っていけないのだ。

 先人はこれでもかとやってくる危機を乗り越え続けた。人間の力の小ささを思い知り、自然に対して敬虔になり謙虚になった。必死に工夫を重ね、多くのノウハウを獲得し、人々と共有し、後世に伝えた。

 ところが現代日本人はそのことに気づいていない。

 江戸時代の五人組が戦時中は隣組となり、戦後は自治会や民生委員となり、防犯や互助組織として残っていることを。江戸時代の番所が今も交番となってこの国の安全維持に貢献していることを。

“備えよ常に”はこの国のDNAとして染みついている。貯蓄率の高さや保険加入率の高さ、企業の内部留保の厚さは、そのことを雄弁に物語っている。

 松下幸之助に「好況よし、不況なおよし」という言葉があるが、危機がこの国を強くしたのだ。わが国はむしろ、サステナビリティのノウハウを世界に発信するべき立場なのだ。

 ところが昨今、この国の人々はすっかり自信を失い、出光佐三の「日本人にかえれ!」の声も届いていないようだ。

 そこで今回、私が評伝として取り上げたのが林学者・本多静六だった。

 明治神宮の森を造営し、日比谷公園など日本中の公園を設計し、国立公園を制定するなど、日本中を緑に変えていった大学者。25歳から始めた4分の1天引き貯金や1日1ページの執筆で、現在価値にして500億円を超える資産を築き、376冊もの著作を残した。

 そして60歳になった時、郷土の若者たちのために使って欲しいと、所有していた秩父の山林をすべて、ぽんと埼玉県に寄付している。昭和29年(1954)からはじまった本多静六博士奨学金制度を利用して、令和3年(2021)の段階で延べ2500名もの県内の若者が社会に羽ばたいていった。

 自分の人生をこれ以上なく充実させ、次世代のための社会貢献にその生涯を捧げた本多静六博士。SDGsの大切さを学ぶ上で、彼ほど適任な人物がほかにいるだろうか?

 人生100年時代と言われている。その点、人生を120年と考えて人生計画を練った本多博士は、我々の人生のモデルケースでもある。彼は人生におけるSDGsやサステナビリティの大切さを、自らの“体験”をもとに我々に語りかけてくれる。

 自身の知識やスキルを磨き、金銭的な蓄えをしていくことは、木を植えて森を作るのに似て時間のかかる作業である。でも、できるだけ早いうちに、何かこつこつと長期間続けていくものを見つけるべきなのだ。

 それは人生にとっての大切な苗木である。

 水をやり肥料をやり日光を当てて育て、一人が1本でも自分の人生の中で育てることができれば、この世の中はきっと豊かな森になっていくに違いない。

 私の座右の銘は最澄の「一隅を照らす」だが、安岡正篤は若者への啓蒙書『青年の大成』の中でこの言葉を引きながら「一燈照隅 萬燈遍照」という言葉に変えて読者に示している。一隅を照らす燈火が集まれば、世の中全体が明るくなるという意味だ。

 拙著『本多静六 若者よ、人生に投資せよ』はまさに、SDGsを通じて「一燈照隅 萬燈遍照」を実現しようとする試みなのである。

J-enta
2022年9月20日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

実業之日本社

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