『ぼくらの戦争なんだぜ』高橋源一郎著(朝日新書)

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ぼくらの戦争なんだぜ

『ぼくらの戦争なんだぜ』

著者
高橋源一郎 [著]
出版社
朝日新聞出版
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784022951571
発売日
2022/08/05
価格
1,320円(税込)

書籍情報:openBD

『ぼくらの戦争なんだぜ』高橋源一郎著(朝日新書)

[レビュアー] 鵜飼哲夫(読売新聞編集委員)

戦時下 文学に秘めた本心

 ロシアのウクライナ侵略が始まって以降、戦争について、いろいろな人たちが様々な意見を述べている。しかし、戦争の当事国では、自由な発言はしづらい。遠い時代、遠い国の「彼らの戦争」が「ぼくらの戦争」になった途端、戦争反対は非国民視され、言論統制で自由な発言は許されなくなるからだ。

 大岡昇平の『野火』や古山高麗雄などの戦争文学をひもとき、戦争と表現について考える本書は、戦時下という不自由な時代に書かれた文学を考察する場面でとりわけ精彩を帯びる。

 戦地に「女流一番乗り」した林芙美子が、〈軍服を着た『兵隊』の神神しさ〉を描いたのはなぜか。それを彼女が寄り添った「大衆」への思いから読み解くなど、小説家の著者は、あの時代の空気の中で自分ならどう書いたかを反問、煩悶(はんもん)しながら言葉を紡ぐ。ゆえに簡単に「戦争協力」などという烙印(らくいん)は押さない。

 最終章〈「戦争小説家」太宰治〉にも書く人だからこその読みがある。妻の日記形式で開戦の日を描く「十二月八日」(1942年発表)は、〈日本の綺麗(きれい)な兵隊さん、どうか、彼等(かれら)を滅(め)っちゃくちゃに、やっつけて下さい〉など戦争賛美の表現が多い。だが、著者が注目したのは、作中に登場する作家である夫の姿だ。「西太平洋」を「サンフランシスコかね?」と見当外れなことを言う夫は、紀元2700年を「にせんしちひゃく」と言うか、「ななひゃく」と言うか、いっそ「ぬぬひゃく」とでも言おうか――馬鹿らしい発言で妻を噴き出させ、厳粛な開戦の一日を台無しにする。そこに太宰の本心を著者は見いだす。卓見だと思った。

 〈嘘(うそ)だけは書かないように気を附(つ)ける〉という「十二月八日」の冒頭表現に焦点を当てた分析には目からウロコが落ちた。本当のことを言おうとすると、人はとかくまじめになり、声も、言うことも大きくなり、相手を言い負かそうとする。これに対し太宰は、情報統制の網の目をくぐって小さな説で本当のことを言おうとしたと解釈する。「小さなことば」の力を信じる作家の戦争文学論だ。

読売新聞
2022年9月16日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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