<書評>『夜の道標(どうひょう)』芦沢央(よう) 著

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夜の道標

『夜の道標』

著者
芦沢 央 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784120055560
発売日
2022/08/09
価格
1,815円(税込)

書籍情報:openBD

<書評>『夜の道標(どうひょう)』芦沢央(よう) 著

◆先見えぬ人生 悲劇か救いか

 よき指導者、人格者として信頼されていた男は、なぜ殺害されたのか? 殺人事件の背景と人間関係を描く、長編ミステリー小説である。

 一九九六年十一月、横浜市内で個別学習塾の経営者が殺害された。元教え子で三十五歳の阿久津弦が被疑者として特定されるが、阿久津の足取りが途絶えてしまい、捜査は暗礁に乗り上げる――。

 物語は、事件発生から二年近くたった、一九九八年七月上旬から始まる。発生時から捜査を続けてきた刑事の平良正太郎、地下室に阿久津を匿(かくま)う長尾豊子、小学六年生の橋本波留と仲村桜介。この四人の視点を代わる代わるにして描かれる。事件によって「未来を選べない場所」に追いやられたのは被害者の塾経営者と被疑者の阿久津だが、視点人物の四人も、それぞれに不安を抱えて先の分からない人生を歩んでいる。平良はパワハラに遭い、波留は父親から虐待を受け、生活も精神も追いつめられている。豊子は阿久津の、桜介は波留の飄々(ひょうひょう)とした雰囲気に憧れ、遠くから眺めていたが、事件のために「当事者」となり、世の中と自分の暗い部分を「見る」。

 一九九〇年代を舞台にした物語は、さらに前の因果関係にまでさかのぼり、人の言う「定説」や「正しさ」が、変わるものであることを俯瞰(ふかん)している。正しい道を選んだつもりだったのに、間違いに気づいて引き返すときのやるせなさ。やり直せるならまだいいが、取り返しがつかない場合もある。半地下に落ちて進めなくなった阿久津を軸に、人々の道のりが交差する。

 <自分の足で立ち、自由に好きな場所へ進んでいるように見えた男が、本当は、これ以上すり減る部分がないほどに傷つき、踏みにじられ、未来を選べない場所へ追いやられていたことを、もう豊子は知っていた>。未来は誰にも分からず、子どもは大人を頼るが、大人も不安定だ。父親の虐待と貧困で立ちすくんでいた波留は、人とのかかわりを通して<今まで来たことがない場所>に立つ。人間関係は、悲劇と救いのどちらにもつながっている。

(中央公論新社・1815円)

1984年生まれ。2012年、『罪の余白』で野性時代フロンティア文学賞を受賞しデビュー。

◆もう1冊

芦沢央著『火のないところに煙は』(新潮文庫)。ひやりとする恐怖。暑い季節におすすめの怪談ミステリー。

中日新聞 東京新聞
2022年9月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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