<書評>『年寄りは本気だ はみ出し日本論』養老孟司、池田清彦 著

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

<書評>『年寄りは本気だ はみ出し日本論』養老孟司、池田清彦 著

[レビュアー] 中野不二男(ノンフィクション作家・京都大特任教授)

◆山積課題に理詰めの直球

 「大放談」どころか、安全保障、環境問題などについての哲学論議だ。「私は戦闘的平和主義者である」とするアインシュタインと、「人間から攻撃的な性質を取り除くことなど、できそうにもない」とするフロイトの往復書簡を引き合いに、「アメリカは暴力を知り尽くしているから、その分だけ逆方向にいって、反動として平和主義も強くなる。でも、その平和主義は、強くなるために暴力性を帯びることもありうる」(養老)という意見には、頷(うなず)くとともに、ならば日本は、と考えざるをえない。それにしても、“年寄り”同士の対談は、輪郭がぼやけた“大所高所”からの話になるかと思いきや、とんでもない。あざやかなストレート・パンチの連打である。

 コロナ禍での当局の対応も俎上(そじょう)に載せる。日本では薬害エイズ事件で官僚が有罪判決を受け、新しいワクチンの承認を保留したり、先送りしたりするようになったと解説。アメリカはワクチンを承認する米食品医薬品局の職員に刑法上の免責を与えているのに対し、日本では「『なるべく承認しない』という方向に動いてきたわけだ。…問題が起きたときに自分たちが責任をとりたくないからなんだ」(池田)。

 「医学研究にかかる費用は、大きな予算の枠組みで考えれば国防費だよね。感染症の対策も、国民の健康を守ることも、重要な安全保障なんだから」(養老)。“専門家と関係者”の、奥歯にモノがはさまったコメントにイラついている身には、溜飲(りゅういん)を下げてくれる。今の世の中、メディアであれSNSであれ、ちょっとした発言の言葉尻を捉えられ、“炎上”することが少なくない。しかし知識と教養の塊の二人は、そんなのおかまいなしだ。

 国連のSDGsにも「目標だけで十七もあって、覚えていないよ」(養老)。「でかいお題目には実効性が乏しい」(池田)。そんなことより小規模自治体のレベルからやるべきだと、集成材メーカーが木屑(きくず)ではじめたバイオマス発電や、小水力発電など具体例をあげながら理詰めで展開。まさに「年寄りは本気だ」。

(新潮選書・1705円)

養老 1937年生まれ。解剖学者。『からだの見方』『バカの壁』など多数。

池田 1947年生まれ。生物学者。『構造主義生物学とは何か』など多数。

◆もう1冊

養老孟司、池田清彦著『ほんとうの環境問題』(新潮社)

中日新聞 東京新聞
2022年9月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク