“存在を消された国”という無茶なアイデアが魅力的

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ループ・オブ・ザ・コード

『ループ・オブ・ザ・コード』

著者
荻堂 顕 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103538226
発売日
2022/08/31
価格
2,090円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

“存在を消された国”という無茶なアイデアが魅力的

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

 子供を作るのは親のエゴ。苦しみばかりの世界に赤ん坊を送り出すのは罪。生まれてなんてこなければよかった。……誕生や出産を否定する考え方は昔からあるが、それが“反出生主義”と名づけられ、ここ数年、活発に議論されている。本書は、娯楽小説のかたちを借りてこの“反出生主義”と正面から向き合う野心作。第7回新潮ミステリー大賞を受賞して2020年にデビューした若き新鋭・荻堂顕(1994年生まれ)の第2作にあたる。

 物語の背景は、〈疫病禍〉を経た未来。WEO(世界生存機関)に属する“私”は、国連抹消監視調査団に加わり、新しい国家〈イグノラビムス〉へと赴く。かつてそこでは、国軍が生物兵器を使って40万人以上の少数民族を殺害した。その罪により、国連は、国の〈抹消〉を決議。歴史や文化や言語も含め、まるごと記録を消された過去の国は〈以前〉とだけ呼ばれている。だが、生まれ変わったはずのイグノラビムスで、200名以上の児童が原因不明の発作に見舞われる事件が発生。この奇病の原因を究明することが“私”の表向きの任務だが、その裏にはもうひとつの密命があった……。

 物語の前半は、子供たちに面接して少しずつデータを集めていく地味な作業に費やされる。その合間に、仕事仲間との関係や私生活(“私”には同性のパートナーがいて、代理母出産で子供を作るべきか悩んでいる)が細やかに語られてゆく。

 繊細なタッチと大胆な設定の組み合わせは、伊藤計劃の『虐殺器官』や『ハーモニー』を想起させるが、“存在を消された国”という無茶なアイデアがなにより魅力的だ。

 やがて、“密命”に関わる大事件が起き、小説は急展開。すべての要素がひとつのテーマ(生まれることは悪なのか)に収束する。リアルな諜報サスペンスであり近未来SFでありながら、根源的なテーマに果敢に挑む勇気と膂力がすばらしい。

新潮社 週刊新潮
2022年9月29日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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