小気味いい疾走感がすべて“解決” ジェットコースターに身を任せよ!

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気狂いピエロ

『気狂いピエロ』

著者
ライオネル・ホワイト [著]/矢口 誠 [訳]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784102401910
発売日
2022/04/26
価格
693円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

小気味いい疾走感がすべて“解決” ジェットコースターに身を任せよ!

[レビュアー] 吉川美代子(アナウンサー・京都産業大学客員教授)

 ’50年代末からおよそ10年にわたってフランス映画界を席巻した革新的映画運動ヌーヴェル・ヴァーグ。代表的な監督の一人が先ごろ亡くなったジャン=リュック・ゴダール。傑作『気狂いピエロ』は34歳の時の作品だ。

 一応、話の筋はある。パリに住む失業中のフェルディナンは、金持ちの妻との生活にうんざりしていた。ある夜、パーティーを抜け出し、娘のベビーシッターのマリアンヌの部屋で一夜を共にする。翌朝、部屋には見知らぬ男の死体が。平然としているマリアンヌ。訳が分からないまま、退屈な日常から抜け出すかのように、フェルディナンは彼女と南フランス地中海を目指す。悪女に執着する男を待つのは破滅か……。つまり、男女の逃避行の物語なのだが、切迫感や悲愴感は微塵もない。死体の様子は作り物めいていて笑える。ミュージカル映画のように突然歌が始まったり、観念的政治的な台詞が唐突に挿入されたりする。説明不足でなぜそうなのか謎の場面もある。ツッコミどころ満載なのに、小気味いい疾走感ですべてが許されてしまう。リビエラの青い海と空、強烈な日差し、赤青黄などの鮮やかな色彩と眩い光の氾濫。主演のジャン=ポール・ベルモンドとアンナ・カリーナの圧倒的な存在感と何をやっても様になるカッコよさ。これらの持つ凄まじい吸引力が観る者の心をとらえて放さない。

 この映画、撮影現場で即興で台詞を考え演出したと言われているが、アンナ・カリーナによると「周到な準備をして、リハーサルもやり、効率よく早撮りしたが、即興ではなかった」。

 原作はライオネル・ホワイト『11時の悪魔』と記されていることが多いが、これは原作『OBSESSION(妄執)』がフランスで出版された時のタイトルを日本語に訳したもので、原作の日本語版はなかった。今年5月、ついに本邦初日本語版が出た。タイトルは映画と同じ『気狂いピエロ』。主人公コンラッドが回想する、女を愛し裏切られ破滅に至るまでの日々。映画の前衛さがダメだった人も、スピード感と緊迫感溢れる、このジェットコースター犯罪小説は楽しめるはずだ。お薦め!

新潮社 週刊新潮
2022年9月29日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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