『邪宗門 上』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
『邪宗門 下』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
教主のもと「世なおし」を掲げ壊滅していく教団
[レビュアー] 川本三郎(評論家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「宗教」です
***
韓国発の新興宗教集団が政治権力との癒着で大問題になっているが、近代日本に誕生した新興宗教はむしろ権力と対立し、ときに苛酷な弾圧に遭ってきた。
『悲の器』や『憂鬱なる党派』で六〇年代の学生に人気があった高橋和巳の長編小説『邪宗門』。
戦前から戦後にかけていくたびも権力に弾圧され、それに激しく抵抗した、ひのもと救霊会という新興宗教集団の興亡を描いている(一九六五年から六六年にかけて『朝日ジャーナル』誌に連載された)。
この集団は明治のなかばに貧しい一人の女性によって始められ、昭和に入って二代目の教主の時は信者が全国で百万人にも増えた。
貧しい農婦や劣悪な環境の紡績工場で働く女工たちのあいだに広まった。
実際の新興宗教集団、大本教にヒントを得ていると思われるが、教義などはあくまでも高橋和巳の独創。
急速に拡大したこともあり、治安維持法違反、そして不敬罪によって司直の手が入る。太平洋戦争中は多くの転向者も出した。
戦後、孤児だった三代目教主のもと「世なおし」を掲げ、政府や占領軍と対立する。ついには武装蜂起に至る。農民たちが立ち上がり農民一揆の様相を帯びる。
しかし、政治権力に勝てる筈もなく教団は壊滅する。
「世なおし」の理念が純粋であればあるほど悲劇は大きくなる。
この悲劇は戦後の共産主義運動とも、六〇年代後半の大学闘争とも重なり、重い感動がある。