『ホットミルク (原題)HOT MILK』デボラ・レヴィ著(新潮クレスト・ブックス)

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ホットミルク

『ホットミルク』

著者
デボラ・レヴィ [著]/小澤 身和子 [訳]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784105901820
発売日
2022/07/27
価格
2,420円(税込)

書籍情報:openBD

『ホットミルク (原題)HOT MILK』デボラ・レヴィ著(新潮クレスト・ブックス)

[レビュアー] 辛島デイヴィッド(作家・翻訳家・早稲田大准教授)

介護の束縛 自立する娘

 母に対する私の愛はまるで斧(おの)だ。すごく深いところまで切り込んでいく。

 そう語る主人公のソフィアは、イギリス人の母とギリシャ人の父を持つ25歳。原因不明の病で歩行が困難な母・ローズを介護するため、人類学の博士論文執筆を中断し、新たな治療法を模索すべく母娘で南スペインを訪れている。

 「自分の利益になることしかしない」父は、ソフィアが幼い時に家を出て、今は故郷で新しい家族と暮らしている。娘は父から、髪や目の色、そして「誰も発音できない」名字を受け継ぎながらも、「父の言葉」ができないことに決まり悪さを感じている。

 同時に「自分の利益にならないことをやってきた」母の「犠牲にしてきたものに鎖で縛り付けられながら、屈辱を感じている」。娘は母の絶え間ない要求を満たすことができない。「水をちょうだい」といつもせがまれ、いろいろ工夫を凝らすが、母が満足することはない。逆に「娘は……かなり高齢の母親のすねをかじって生きているんだから」と医師に不満を漏らす。

 人類学者は思考を整理するために「流れから外れなければならない」。そう頭では理解しているソフィアだが、他者に感情移入し、同化しやすい傾向もある。ついには、母の医師に「お母さんの立場になって考えたりはしないこと」と助言されるほどだ。

 夏の海辺の町で、ソフィアは自分のために生きる準備を始める。地元の大学生やドイツ人裁縫師と微妙に噛み合わない会話や身体を重ねながら関係を深め、自らにさまざまな象徴的試練を課していく。一日中鎖に繋(つな)がれている犬を解放し、市場から巨大な魚を盗み、メデューサ(水母(くらげ))に何度刺されても海に身を委ね続ける。

 長く信じてきた神話を書き換えることは可能か。更新することで得られるものは。失われるものは。大切な問いと向き合わせてくれる本書は読者の心を掴(つか)んで離さない。小澤身和子訳。

読売新聞
2022年9月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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