『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む プリチュワからカピチュウ、おっけーぐるぐるまで』川原繁人著(朝日出版社)

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音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む

『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む』

著者
川原繁人 [著]
出版社
朝日出版社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784255012759
発売日
2022/05/26
価格
1,925円(税込)

書籍情報:openBD

『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む プリチュワからカピチュウ、おっけーぐるぐるまで』川原繁人著(朝日出版社)

[レビュアー] 川添愛(言語学者・作家)

幼児語観察 言語学の扉

 「学生時代に勉強しておいて良かった」と思う分野の一つに、音声学がある。音声学を学ぶと、言葉の発音のしくみや音の変化のパターンが理解できるので、外国語を学ぶ時に役に立つ。しかし正直に言って、勉強そのものはかなり苦痛だった。覚えることがやたらと多いからだ。

 その点、この本は音声学の入門書として画期的である。そもそも第一話が、音声学者である「とーちゃん」一家のプリキュアごっこから始まるのだ。妻や娘たちと遊んでいるうちに、とーちゃんは「プリキュアの名前には、ベリーやピーチやマジカルなど、両唇音(りょうしんおん)(両唇を使って発音する音)が多い」ことに気づく。そこから「なぜ両唇音は可愛(かわい)い感じがするのか?」という問いを立て、「赤ちゃんが使う音だから」と原因を突き止め、さらには「母親を表す言葉には『ママ』など、『m』という音が使われやすい」という世界的な傾向との関連も見出(みいだ)していく。私はプリキュアを見たことがないが、子供の頃に見ていた「ピンク・レディー」や「プリンセス・プリンプリン」、「魔女っ子メグちゃん」も同じ法則に従っていることに気づき、感銘を受けた。

 他にも、子供の「とうもころし」や「プリキュワ」といった言い間違いから音声の変化の規則性が見えてきたり、「ねんね」「じーじ」などの幼児語の観察からアラビア語に通じるリズムの原理が浮かび上がってきたりする。本書を読んで分かるのは、私たちをとりまく音声の中に、異なる現象どうし、異なる言語どうしをつなぐ普遍性への扉がたくさんある、ということだ。しかも、本書でそういう扉を開いていくうちに、大学の講義で教わる重要なトピックの多くが頭に入るのが有難い。

 ゴスペラーズ・北山陽一さんは著者との対談の中で、「僕の歌は音声学を学び始めたおかげで不可逆的に変わっています」と語る。音声学の知見が分野の枠を越えて広がりつつあることを、一言語学徒として嬉(うれ)しく思う。

読売新聞
2022年9月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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