『松田聖子の誕生』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
<東北の本棚>「声」に直感 一時代築く
[レビュアー] 河北新報
1980年代のアイドル全盛期、誰よりも大きな存在感を放っていたのが「松田聖子」だった。本書の著者は福岡県在住の16歳の「蒲池法子」を見いだした音楽プロデューサー。きっかけは、地方オーディションの歌声を録音した、ただ1本のカセットテープだった。
一聴したその声の印象をこう記す。「どこまでも清々(すがすが)しく、のびのびとして力強かった。明るさとしなやかさと、ある種の知性を兼ね備えた唯一無二の響き」
自分自身も実績のない駆け出し。自らの直感だけを信じた。同僚の支持がなくても、厳格な父親に何度追い返されても、「華がない」と芸能事務所に再三断られても、揺るぎない志を持つ聖子と共に、決して諦めなかった。
苦労の末、思いがけない運も転がり込んで80年4月、デビューにこぎ着ける。初シングルの「裸足(はだし)の季節」以降、約7年間にわたり、ほとんどの曲とアルバムのタイトルを著者が付けた。時代の空気に敏感な「anan」など女性ファッション誌にヒントを得ていたという。
南の島、高原、都会、洗練、透明感、乙女。これらのキーワードに文学的な香りをまとわせ、最先端の洋楽的なサウンドで仕上げる。前衛的過ぎない、分かりやすい大衆性。こうしたイメージを基に小田裕一郎、財津和夫、松本隆、細野晴臣、大滝詠一、松任谷由実ら実力派クリエイターが、競い合うように作品を提供した。楽曲はアイドル歌謡の枠を超える。「松田聖子」は1人の歌手の名にとどまらず、もはや一つのジャンルであり、連続するプロジェクトだった。
一時代を築いたプロデューサーだが、当時は会社員。昭和のサラリーマン奮闘記として読んでも面白い。聖子音楽を伴奏に青春を過ごした人には、より感慨深い時間旅行になりそう。
著者は1940年いわき市生まれ。(ぐ)
◇
新潮社03(3266)5111=902円。