<書評>『ストーリーが世界を滅ぼす 物語があなたの脳を操作する』ジョナサン・ゴットシャル 著

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<書評>『ストーリーが世界を滅ぼす 物語があなたの脳を操作する』ジョナサン・ゴットシャル 著

◆単純化へとなびかせる力

 昨年末、ニューヨーク・タイムズ紙に載った歴史家ティモシー・スナイダーの辛辣(しんらつ)な書評が物議をかもした。槍玉に挙がったのは物語の科学の研究者が書いた『ストーリーというパラドックス』だ。著者はデータ分析や心理学の手法にかまけ、読書経験の要点が見えず、知的探究心も分かっていないと手厳しかった。

 この原著の邦訳こそ本書である。スナイダーの疑念は、たとえば歴史とジャーナリズムに対する著者の理解に向けられた。たしかに小さな事実を積み重ね、歴史の変遷や現実に迫っていくプロの苛立(いらだ)ちは理解できる。他方で、歴史家もジャーナリストもストーリーテラーではないかと問う著者の問題提起は、ポスト真実の時代には切迫感がある。邦題を「ストーリーが世界を滅ぼす」としたことで、著者の意図がより鮮明になった。

 人類とはストーリーテリング・アニマルであり、物語なしには生きられない。物語ることは世界を理解するための方法であり、救済策だった。ところがナラティブ・トランスポーテーション(物語への移入)は「心を飛ばす力」によって人間をなびかせ、ストーリーランドへ連れ込んだ。

 「物語の目的はひとえに感情である」と著者はいう。理性を麻痺(まひ)させ、感情を刺激して相互理解より対立や復讐(ふくしゅう)に正義を求める。紋切り型の善人と悪人や勧善懲悪のナラティブで、複雑な世界を単純化し、分かりやすくするのだ。

 そこではノンフィクションを支える事実やエビデンスの力が奪われ、フィクションとの境界が曖昧な物語が支配的になる。しかも、人間はそれを好むのだ。ホモ・フィクトゥス(フィクションの人間)と著者がいう所以(ゆえん)であろう。

 深刻なのは、そこで「偽情報が退屈な真実に勝つ」ことである。著者が引くトランプ現象は最たる例だが、私たちも当事者である。今年だけに限っても、佐渡金山の世界遺産推薦をめぐる安倍元首相の「歴史戦」発言や、旧統一教会の原理主義などは本書のテーマそのものである。物語の手強(ごわ)さと怖さに切り込んだ一冊として今読まれるべきだ。

(月谷真紀訳、東洋経済新報社・2200円)

ワシントン&ジェファーソン大学英語学科特別研究員。『人はなぜ格闘に魅せられるのか』など。

◆もう1冊 

フランク・パスカーレ著『ブラックボックス化する社会 金融と情報を支配する隠されたアルゴリズム』(青土社)。田畑暁生訳。

中日新聞 東京新聞
2022年9月25日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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