書評家・大矢博子が紹介、期待の新鋭たちのミステリ作品

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  • 幻告
  • 情無連盟の殺人
  • その殺人、本格ミステリに仕立てます。
  • 残星を抱く
  • 最後の鑑定人

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新エンタメ書評

[レビュアー] 大矢博子(書評家)

書評家・大矢博子がセレクトして紹介する新エンタメ書評。将来が楽しみな期待の新鋭たちのミステリ作品とは?

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 面白いミステリは時期を問わず年間通して刊行されているが、特にこの季節に出るものは年末のミステリランキングを睨んでのことか、各社肝煎りの作品が並ぶ傾向にある。そんな中、今年目立つのは、まだキャリアの浅い作家たちの意欲作だ。プロ野球で若手選手が生き生きとグラウンドを駆けている姿にも似て、書店の棚の前で「いいぞいいぞ」とにこにこしてしまう。若手が元気なジャンルは盛り上がるからね!

 ということで今回は、ミステリ作家として将来が楽しみな期待の新鋭たちの作品を紹介しよう。

 まずはデビューから二年で五冊と、精力的に新刊を発表している五十嵐律人の『幻告』(講談社)から。主人公の裁判所書記官・宇久井傑が、過去に確定した実父の有罪判決を覆すため何度もタイムリープを繰り返すという特殊設定のリーガルミステリだ。

 ここ数年、特殊設定ミステリは実に活況で、タイムリープにより過去の事件を探って未来を書き換えるという構造自体は特に珍しいものではない。だが本書はそのど真ん中に法廷要素を入れてきたのがポイント。裁判ってこうなのか、というリアルな描写はもちろんのこと、どのように証拠が審査され、何が決め手となったのか、そこを覆すには何をすればいいのかといった手順も実にエキサイティングだ。

 しかも、ただ父の冤罪を晴らすだけではない。冤罪を晴らしたことで書き換えられた未来には別の不幸が待っていたのだ。つまりこの物語は真実を追求するというより、より良い未来のために何を選択するかの物語になっているのである。

 ここに、著者が本書を法廷ものにした意味がある。善悪を決めるとはどういうことなのか、裁くとは何のための行為なのか。真相解明で終わるのではなく、その一歩先まで踏み込んだ。本格ミステリの面白さとヒューマンドラマの感動の両方が存分に味わえる良作だ。

 特殊設定ものをもうひとつ。二〇一六年に『片翼の折鶴』(文庫化に際し『臨床探偵と消えた脳病変』に改題)でデビューした浅ノ宮遼の待望の二作目は、眞庵との共作『情無連盟の殺人』(東京創元社)だ。

 感情を失ってしまう病気に罹患した人々が共同生活を送る家で殺人が起きた。感情がないということは怒りも恐怖も憎しみも羞恥もないということだ。理性のみで合理的に生きている。それなのになぜ殺人という最も感情的な事件が起きたのか? 罹患してはいるがまだかろうじて微かな感情の揺らぎを残している主人公がその謎に挑む。

 密室殺人がメインだが、さまざまな仮説を立てては潰していくのは本格ミステリのセオリー通り。しかし感情を持たないというひとつの要素で、物語は思いもかけない広がりと湾曲を見せる。動機が発生するはずのない状況でなぜ殺しが起きたのかというイレギュラーなホワイダニットであるとともに、この設定だからこその結末にも痺れた。

 なお、この病気は架空のものだそうだが、著者が現役医師だからだろうか、細部の説得力がすごい。本当にありそうと思ってしまう。前述の五十嵐律人は現役弁護士で、やはりその経験と知識を十全に物語に詰め込んでいる。若手がその得意技を存分に発揮し、けれどそれだけに頼ることのないミステリスピリットを見せてくれるのは本当に楽しい。

 本格ミステリのセオリーという点でいえば、片岡翔の初ミステリ長編『その殺人、本格ミステリに仕立てます。』(光文社)も興味深かった。

 亡くなった人気ミステリ作家の遺産を受け継いだ四きょうだいの間で殺人計画が持ち上がる。ひょんなことからその計画を知ってしまったメイドは、殺しを依頼された男に近づいてやめるよう懇願。結果、殺したように見せかけるフェイクの殺人計画に切り替えたのだが、依頼されたのとは別の人物が殺されてしまい……。

 孤島での館モノというお馴染みのクローズドサークルものだが、殺し(の芝居)を請け負った側が探偵役になるという逆転の構図がまず面白い。さらにそこに至るまでの笑っちゃうような本格ミステリ愛がもうたまらない。マーダーゲームの制作者がリアルの殺人も受注する際、クローズドサークルを作るならいくら、アリバイトリックならいくらという料金表があったりするのだ。登場人物も「本格ミステリならこういう展開になるはず」「本格ミステリだからこれはあり得ない」といったような価値観で動くのが、もういちいちおかしくて。コメディのドタバタがたっぷりで楽しいが、笑っていると足をすくわれる。終盤の展開には、うわっ、そう来たか! とのけぞった。

 続いては『夫の骨』『妻は忘れない』などの短編集で力を見せつけた矢樹純の長編『残星を抱く』(祥伝社)を。

 暴行の現場を目撃し、追ってくる暴漢から命からがら逃げた柊子。しかしその日を境に、彼女の周りでは不穏な出来事が相次ぐ。だが刑事である夫には相談できない。なぜなら暴漢から車で逃げるとき、避けた相手が崖から落ちるのを見てしまったから。あの男は死んでしまったのだろうか?

 ──と書くと、緊急避難とはいえ人を殺してしまった主婦が巻き込まれるサスペンスだと思われるだろう。それはそれで正しいのだが、物語は一章ごとに大きく展開が変わるのだ。こういう話、と思って読んでいるとその予想からどんどんずれていく。ずれる度に謎は膨らみ、サスペンスは強まり、先が気になって仕方がない。

 平凡な主婦の事故の話だったはずが、気づけば二十年前の事件の話が出てきたり夫が……いや、これは書かないでおこう。とにかく「いきなりそんな事態に!?」と驚かされるし、「これ、どこに向かうの!?」と振り回されるしで、吸引力が凄まじい。さらにはアクションまで! まったく息つく暇がないとはこのことだ。

 その分、すべてつながったときのカタルシスは充分。平凡なはずの主婦・柊子がかっこよく見えること請け合いだ。

 二〇一八年のデビュー以来、深く心に残るエンタメを送り出し続けている岩井圭也が、真正面からミステリに挑んだのが『最後の鑑定人』(KADOKAWA)だ。元科捜研のエースが民間の鑑定所を立ち上げ、科学的見地から事件を解決に導く連作である。残留DNAが一致して逮捕された容疑者、火災現場に残された証拠、十二年前の未解決事件──さまざまな科学情報の興味深さと、それがどう謎解きに使われるかのサプライズでぐいぐい読ませる。

 特徴はすべての短編の最後に犯人の述懐があること。サプライズ重視のミステリなら冗漫になってしまいかねない構成だが、この述懐があることによって科学的分析の面白さとヒューマンドラマの二項が両立し、融合する。科学は重要なファクターだが手段に過ぎない。あくまで事件を起こすのは人間であり、人間の迷いと揺らぎの物語であることを示している。揺らがないものと揺らぐものの対比が見事だ。

 結城真一郎『#真相をお話しします』(新潮社)は切れ味の鋭い短編集。家庭教師の派遣サービス、精子提供、ユーチューブ、マッチングアプリなどなど、きわめて現代的なモチーフを中心に据えながら普遍的な「人の怖さ」を浮かび上がらせる手腕はもはや手練れの域だ。

 どの短編も、最初から読者が違和感を持つように描かれている。これってもしかして……と読者自らあれこれ推理したくなるような作りなのだ。だがもちろんそれも著者の手。やっぱりね、と思ったあとで「ええっ!」と突き落とされるという、まさにミステリの快感に満ちている。最後の最後まで気が抜けない逸品揃いだ。

 最後に羽生飛鳥『揺籃の都 平家物語推理抄』(東京創元社)を。平清盛が福原に遷都して間もない頃が舞台。清盛の異母弟でありながら官位を剥奪されるなど何かと排除されてきた平頼盛は、清盛の寝所から消え失せた宝刀探しを命じられる。折しも、平家を揶揄するような噂を流した青侍が清盛邸に逃げ込んでおり、その人物の仕業と思われた。しかしその青侍が無惨な姿で発見され……。

 デビュー作『蝶として死す』に続き、平頼盛が探偵役を務めるシリーズ第二弾。前作が連作の形で平家の興亡を追ったのに対し、今回は長編、しかもほんの三日ほどの物語だ。趣向はまったく違うが、いや、これいいぞ!

 清盛邸という閉ざされた屋敷の中で、殺人あり紛失あり、さらには猿が殺され化鳥が飛び、密室殺人未遂まで起きる。その謎解きはまさに本格ミステリのケレンと醍醐味に満ちていて終始わくわくさせられた。必要な情報はすべて提示されているので歴史に詳しくなくても充分楽しめるはずだ。

 とはいえ、やはり感心するのは歴史背景との絡め方。それをそう使うのか、と随所で唸った。事件自体はもちろん架空の話なのだが、それが絶妙に読者も知っている史実へとつながっていく様子は実に見事。特殊設定ミステリが人気と序盤で書いたが、この時代のこの風習、この価値観だからこそ成立する事件という意味では、時代ミステリもまた一種の特殊設定ミステリと言えるだろう。

 平家の中でも異端児だった平頼盛を探偵にすることで、平家のありようを少し離れた場所から描けるのも効果的だ。前作を読んだ時、いいところに目をつけたなあと思ったものだが、これはもう著者は鉱脈を掘り当てたと言っていいのではないか。この夏のイチオシである。

協力:角川春樹事務所

角川春樹事務所 ランティエ
2022年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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