「警察医」が死に隠れた謎を解き明かす 犯罪捜査を多角的に描いた意欲作『警察医のコード』

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警察医のコード

『警察医のコード』

著者
直島 翔 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758414272
発売日
2022/08/31
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

小特集 直島翔『警察医のコード』

[レビュアー] 千街晶之(文芸評論家・ミステリ評論家)

『転がる検事に苔むさず』で第3回警察小説大賞を受賞し小説家デビューした直島翔によるミステリ作品『警察医のコード』が刊行。犯罪都市NYの検視局でキャリアを積んだ法医学者が、警察医として死に隠れた謎を解き明かす本作の読みどころを、文芸評論家の千街晶之が紹介する。

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 ペンネームは作家の顔なので、そのつけ方にはいろいろなこだわりが見られる。ミステリ作家に限定しても、海外の有名作家の名をもじった(例えば江戸川乱歩)、姓名判断でつけてもらった(例えば綾辻行人)、敬愛する作家の名前を意識した(例えば道尾秀介)、地名に因んだ(例えば中山七里)等々の例が思いつくけれども、「駄洒落」という例もたまに見かける。佐賀潜(探せん)、宇能鴻一郎の別名義である嵯峨島昭(探しましょう)あたりは有名だが、近年でこのパターンに該当するのが直島翔である。

 一九六四年生まれの著者は、新聞社に勤務して社会部に長く在籍し、検察庁など司法方面を担当していたという(現在は論説委員)。その経験を活かして執筆した『転がる検事に苔むさず』で、二○二一年、第三回警察小説大賞を受賞し小説家デビューした。苦労人の窓際検事・久我周平が、新人検事の倉沢ひとみや交番巡査の有村誠司とともに、ある交通事故の真相に迫るミステリである。翌年にはそのスピンオフ短篇集『恋する検事はわきまえない』を発表しており、司法と警察の世界をリアルに描ける作家として評価を確立しつつある。駄洒落由来のペンネームながら作風はなかなかシリアス、かといってハードすぎず、適度に肩の力を抜いて読めるのが美点と言えるだろう。

 第三作『警察医のコード』は、これまでの二作とは違い、法医学の世界を扱った全三話の連作だ。

 主人公の幕旗治郎は、ニューヨークで十二年のキャリアを積み、去年の夏に帰国した法医学者。横浜に父の代からの「幕旗医院」を構えているが、通常の診療はしておらず、実質的には法医学研究所だ。彼は無愛想で寡黙、しかも誰かが不適切な発言をしたりすると「コード7だ」といった具合に遮る癖がある。幕旗の言う「コード」とは何なのかは、読み進むにつれて少しずつ理解できるようになっている。

 第一話「見守りびと」では、そんな幕旗と助手の小池一樹が、河口付近で見つかった女性の遺体の件で臨場する。ただの変死体ではなく、女性はミイラ化していたのだ。幕旗はこの件に、日本では馴染みが薄い「環境法医学」で対処しようとする。

 検視官が自分には手に負えないと言って帰ってしまうような厄介な案件に指名されるあたりに幕旗の有能さが窺えるけれども、彼は無愛想な態度の裏に、「法医学は死者を救うためにある」という確固とした信念を持っている。そんな彼が、大学の教授職を放り出してまで渡米し、犯罪の多いニューヨークで経験を積んだ裏には、横浜という都市特有の事情が存在する。

 自治体が検視解剖を行う専用施設を設け、住民の死因を監督するのが監察医制度だ。しかし、これを導入している日本の大都市は、東京、名古屋市、大阪市、神戸市の四カ所のみ。横浜は政令指定都市最多の人口を抱えながら監察医制度を導入していない。そのような現状で何が出来るのかを考え続けているのが幕旗なのであり、本書の舞台が横浜であることにも周到な理由が用意されているわけである。

 また、幕旗という人物にはかなりエキセントリックな設定が用意されている。彼は解剖を行いながら、その遺体の生前の姿と会話するのだ。読んでいて思わずギョッとしてしまうけれども、これは幽霊などではなく、幕旗が自身の潜在意識と会話しているのであり、彼もそのことを認識している―という説明がある。だが、第二話「秘密の涙」のラストでは、それに関連して驚愕の事実が明かされるのだ。法医学者が主人公のミステリは数あれど、ちょっと類例を見ないユニークな設定のキャラクターと言える。

 本書のもうひとつの特色は、神奈川県警捜査一課「ジェンダー班」の面々の活躍が描かれることで、警察小説としての味わいも濃厚である点だ。ジェンダー班とは、女性が被害者となる事件や多様化する性を取り巻く事件などに対応するため一課に新設されたものの、四人しかいない小世帯である。初代班長を拝命した村木響子警部は、幕旗とは旧知の間柄だ。他に、男性的な見かけと喋り方が特徴で班では最も腕利きの金沢佐織、ベテランながらやる気に欠ける久米勝治、パニック障害のリハビリの意味も兼ねて配属された技術支援員の戸口遥香という、どこかちぐはぐな組み合わせの班員がいる。この面々が、幕旗の気難しい人柄に最初は戸惑いながらも、やがて協力体制を築いてゆくあたりに本書の面白さがある。

 警察と法医学という二つの世界を組み合わせることで、犯罪捜査を多角的なアプローチで描いてみせた本書は、著者にとって新たな挑戦と言えるだろう。

協力:角川春樹事務所

角川春樹事務所 ランティエ
2022年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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