そこは怪しくて不思議で少し怖い 舞台にまつわる八篇の幕が開く

レビュー

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掌に眠る舞台

『掌に眠る舞台』

著者
小川 洋子 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087718089
発売日
2022/09/05
価格
1,815円(税込)

書籍情報:openBD

そこは怪しくて不思議で少し怖い 舞台にまつわる八篇の幕が開く

[レビュアー] 中江有里(女優・作家)

 演劇と小説は似ている。

 舞台に立つ者は観客を、小説の書き手は読み手を異界へと誘引する。本書はさまざまな舞台にまつわる八篇の短篇集。

「ダブル・フォルトの予言」は帝国劇場の「レ・ミゼラブル」全七十九公演に通い続けた女性の物語。

 長年経営していた洋品店を店じまいした後、交通事故に遭った女性は、偶然通りかかった劇場から高揚した表情の観客たちが出てくるのを見かけた。自分もその一員になりたい、と事故で入った保険金でチケットを購入し、観劇の日々を送るようになる。劇場へ通うのが日常となったある日、劇場ロビーで声を掛けてきた「彼女」に誘われて、関係者以外立ち入り禁止となっている舞台裏に案内される。

 劇場で暮らしている「彼女」の役割は役者が失敗しないように、身代わりになること。

「だって人は誰でも、失敗をする生きものですものね」

 ふとこれまでの失敗の数々を思い返した。身代わりになってくれる「彼女」がいたならよかったのに。

 舞台は現実と合わせ鏡。違うのはストーリーと千穐楽が決まっていること。決められた結末から逆算して演技、舞台装置、小道具などを用意する。しかしどれだけ周到に準備しても、失敗するから神頼みをする。そういう意味で「彼女」は舞台の神、だったのかもしれない。

「装飾用の役者」では舞台の装飾の一部になることを依頼されたコンパニオンが主人公。観客は雇い主だけ。毎回がただ一度の公演で、二度とない奇跡。役者と観客、互いの存在があって舞台は成立する。

 ところで舞台=異界は劇場にだけあるわけじゃない。工場の片隅に、食器の底に、ベッドの下に……人がそこを舞台に見立てれば、どこにでも舞台は現れる。

 一篇一篇読み終わる度に、誘われた異界からなかなか戻れずに、ぼんやりとしていた。

新潮社 週刊新潮
2022年10月6日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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