父の介護と自己評価 心のささくれを癒やすのは

レビュー

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介護者D = caregiver D

『介護者D = caregiver D』

著者
河﨑, 秋子, 1979-
出版社
朝日新聞出版
ISBN
9784022518552
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

父の介護と自己評価 心のささくれを癒やすのは

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 河崎秋子の『介護者D』は、三十歳にして介護を担うことになった女性の鬱屈とした心理と、彼女の生活を照らしてくれる「推し」という眩い光を描いた長編小説だ。

 主人公の琴美は、父の介護のために、東京から札幌の実家に帰った。父の要介護度は一で、まだ六十代ということもあり、足が不自由な以外は元気だ。しかし、ええかっこしいで、他人のサポートを受けたがらない。母は五年前に他界し、妹は海外にいる。いつまで自分が世話をすればいいのか。先行き不透明な日々に、琴美の心はささくれ立っていく。

 その心のささくれを繊細に描写しているところが、本書の大きな魅力だろう。たとえば、妹が子連れで帰国するくだり。父は琴美に毛ガニを買ってくるよう頼み、数枚の万札を押し付ける。久しぶりに会う娘に好物を食べさせてやりたいという親心は理解するものの〈琴美は札を受け取る時に笑顔を返すことができなかった〉。父の生活の面倒一切を見ている自分は、好きな食べ物を奢ってもらった覚えがないからだ。

 学習塾を経営していた父は、いつでも子供たちのために正しいと思うことをする。ただ、テストの点数を付けるように、我が子にランクを付けていた。優等生だった妹はAで、志望校に落ちた琴美はD。娘たちが大人になっても、父は外国で働きながら子育てをしている妹には高価な毛ガニを与え、独り身で実家にいる琴美の努力は軽く扱う。日に日に深刻さを増す介護だけではなく、自分をジャッジされることの積み重ねに琴美は痛みをおぼえるのだ。

 そんな琴美を癒やすのが、アイドルのゆなだ。十二歳年下の少女の明るさと歌声は、自己評価が低い琴美を無敵にする。やがてコロナ禍が始まり、ゆなに会うこともままならなくなってしまうのだが……。紆余曲折を経て、琴美がたどりつく境地は清々しい。上手に生きられなくても大丈夫、と思える一冊だ。

新潮社 週刊新潮
2022年10月6日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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