それは「見えないところで文章を強靭にする」存在

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

文にあたる

『文にあたる』

著者
牟田 都子 [著]
出版社
亜紀書房
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784750517544
発売日
2022/08/10
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

それは「見えないところで文章を強靭にする」存在

[レビュアー] 碓井広義(メディア文化評論家)

 本や雑誌などの出版物は、執筆者が書いた原稿がそのまま印刷されるわけではない。校正という作業を経るのが一般的だ。校正とは、『広辞苑』によれば「校正刷を原稿と引き合わせて、文字の誤りや不備を調べ正すこと」である。校正刷はゲラとも呼ばれる印刷物だ。

 執筆者は編集者と顔を合わせることはあるが、校正者と直接向き合うことはほぼない。原稿に対する様々な指摘が書き込まれたゲラを通じてのコミュニケーションとなる。近年は校正者が主人公の小説が刊行されたり、テレビドラマになったりしたが、この仕事の実態が広く知られているとは言えない。その意味で、校正の第一人者が自身の体験や想いを綴った本書は、本好きや活字好きの興味に応える貴重な一冊だ。

 著者の場合、一通のゲラを最低3回は読む。文字や言葉を見る「素読み」。次に固有名詞や数字、事実の確認をする「調べもの」。最後が「通し読み」だ。執筆者のミスを正すのではなく、「事実としては、こうではありませんか」と確認する形でゲラに書き込んでいく。その指摘を採る、採らないは編集者と執筆者次第。たとえ採られなくても、費やした時間が「見えないところで文章を強靭にする」というのが持論だ。

 また、文芸書の校正には独特の難しさがある。一見誤っているかのような言葉遣いや表現の中に、作者の隠された意図があるかもしれないからだ。校正には必ず「正解」があるとは限らず、校正者が違えば指摘の中身も異なってくる。書き手は「もっと自分の言葉に頑固であっていい。譲らなくていい」のであり、校正は「絶対ではない」と言い切る。

 どこまでを「校正の範囲」とするか、著者は常に自問している。本書で問いや迷いが何度も吐露されるのは、真摯な取り組みをしているからこそだろう。校正者に救われているのは執筆者だけではない。その本を読む現在と未来の読者も同様だ。

新潮社 週刊新潮
2022年10月6日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク