『イエスの生涯』
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徹底して無力な存在のイエスを描く
[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「宗教」です
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マーティン・スコセッシ監督で映画化もされた遠藤周作の『沈黙』は、島原の乱が鎮圧された後のキリシタン禁制下、凄絶な拷問を受けて殺されていく信徒を見て苦悩し、神の存在に疑問を持つポルトガル人司祭を主人公とする物語である。
代表作となったこの小説の後、遠藤が取り組んだのが『イエスの生涯』だ。ここで遠藤が目指したのは〈日本人につかめるイエス像を具体的に書く〉(あとがき)ことだった。
遠藤は10歳のときに両親が離婚し、母親と暮らした。カトリック信者だった伯母の影響で母親に連れられて教会に通うようになり、母親に続いて12歳で洗礼を受ける。彼は自分にとってのキリスト教の信仰を母から着せられた洋服に例えている。日本人である自分の体には合わないが、愛する母から与えられた服を脱ぐわけにはいかないのだと。それが、日本人にとってのキリスト教とは何かという、作家としてのテーマにつながってゆく。
そんな遠藤が描くイエスは、徹底して無力な存在である。群衆の期待する奇蹟は起こせず、現実世界に何ももたらすことができない。では彼は何をしたのか。
人々の悲しみをともに悲しみ、苦痛とみじめさを引き受けようとした。侮られ、さげすまれ、疲れ果てても、他者の苦しみのそばにとどまり、寄り添おうとした。
遠藤が愛し、信じたのは「永遠の同伴者」としてのイエスである。栄光とは無縁のイエス像は衝撃的で、同時に比類なく美しい。