『麦の記憶 民俗学のまなざしから』野本寛一著(七月社)

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麦の記憶

『麦の記憶』

著者
野本 寛一 [著]
出版社
七月社
ジャンル
社会科学/民族・風習
ISBN
9784909544254
発売日
2022/06/23
価格
3,300円(税込)

書籍情報:openBD

『麦の記憶 民俗学のまなざしから』野本寛一著(七月社)

[レビュアー] 梅内美華子(歌人)

 本書の編集中にロシアのウクライナ侵攻が起こり、著者は早い段階から小麦をはじめとする食糧問題を危ぶんでいた。日本は小麦を9割輸入に頼っている。多く食されているから影響は少なくない。麦の自給がなぜ衰退していったのか。著者は麦と「麦に関する多くの営み」を探索し民俗学の視座から総合的に捉えることを目指した。

 米は夏作、麦は冬作。米を表作、それを補うものとして裏作と呼んできた。しかし脇役こそ重要で、米が少ない庶民の食と命をつなぐものであった。麦飯とする大麦、粉化して麺・饅頭(まんじゅう)・すいとんなどにする小麦。栽培から穂落とし、脱粒、精白と口に入るまで非常に手間隙(てまひま)がかかり労力を要する。著者は北海道から沖縄の島々まで各地をめぐり、農耕環境や栽培法や食法などを聞き取り収集した。そこから地方色豊かでこまやかな農事と生活が浮かび上がる。長年にわたる探索で話をしてくれたのは明治20年代生まれから昭和10年代生まれの人たちであった。飽食からフードロス対策へ意識が変化している現代、「麦とともにあった心」を知る意義は大きい。

読売新聞
2022年9月30日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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