『Slowdown (原題)Slowdown 減速する素晴らしき世界』ダニー・ドーリング著(東洋経済新報社)
[レビュアー] 西成活裕(数理物理学者・東京大教授)
無理追う資本主義に疑問
スローダウンは減速であって、減少ではない――つまり車でいえばブレーキを踏みながらも前に進んでいる状態のことである。値は増加していても、その増え方が徐々に緩やかになっている状態を扱うのが本書のテーマである。人口や出生率、身長、GDP、債務、技術の進展など、あらゆる角度からデータに基づいてその減速度合いを論じている。
減少すれば気付きやすいが、減速している状態は分かりにくい。この見えにくい変化の兆候をテーマにしている切り口は新鮮である。そして減速を視覚的に明らかにするために、見慣れない図が登場する。それは、縦軸に変化している量、横軸にその変化の割合を描いたもので、物理学では位相空間として知られているものだ。これが様々なデータで示されており、物理を知らなくてもすぐに慣れて減速がはっきりと見えるようになる。
増え続けていると思われているものが、実は減速していると示されると衝撃的で、特に人口の議論は圧巻である。50年で大加速の後、一変して世界的に人口は減速している。それは中国やアフリカ、インドも例外ではないと著者はいう。また、日本の人口は減速どころか減少し続けている。今年イーロン・マスクが「日本はいずれ消滅するだろう」とツイッターに投稿して話題にもなった。
それではなぜ減速しているのか。その理由が気になるが、そもそも現実世界で無限に増え続けること自体無理があり、加減速なく一定速度で進むのが安定した状態だといえる。減速はこの安定に向かう良い兆候だと著者は説き、逆に無理を追いかけている資本主義に大きな疑問を投げかけている。確かにコロナで我々の生活は減速を強いられたが、マイナス面だけでなく時間ができて趣味を満喫できたり、家族とゆっくり過ごせたりした人も多いだろう。減速で我々は自由な時間を得て、生活の質が上がっていく可能性もあるのだ。減速した世界は今後どうなるのか、世界が注目しているこの問いの答えは、その最先端にいる我々が握っているのかもしれない。遠藤真美訳。