『やりなおし世界文学』津村記久子著(新潮社)

レビュー

1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

やりなおし世界文学

『やりなおし世界文学』

著者
津村 記久子 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103319832
発売日
2022/06/01
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

『やりなおし世界文学』津村記久子著(新潮社)

[レビュアー] 鵜飼哲夫(読売新聞編集委員)

名作楽しむツボを突く

 がっかり名所という言葉があり、名物にうまいものなし、というたとえもあるが、これがこと文学の名作となると、正面きって「つまらない」とは言えない空気がある。

 評価の高い世界文学を駄作というと、自分の頭の駄作ぶりを認めることになるためか、結果、名作は神棚、いや本棚の奥にしまわれがちだ。本書は、この名作にまとわりつく文学知識や鼻につく教養をご破算にして、まるで名所観光のような感じで、今回訪問したドストエフスキー村は、「巨大な小説のテーマパークにやってきたよう」……という具合に感想をからりと記す。遠い世界の文学が身近になる無類のガイドだ。

 全92作。いい作品には面倒な前置きをせず、「ものすごくおもしろかった」という率直さがいい。おすすめポイントも教科書的ではなく、血が通っている。子供の頃に読んだつもりのスティーヴンソン『宝島』はこうだ。ただの冒険小説ではない。登場人物が何の逡巡(しゅんじゅん)もなく変節、裏切りあう展開が予測もつかず、「生きることはこんな具合だ、とさえ思わせる」。思わず読みたくなり、自宅の本棚から引きずり出した。

 真骨頂は、いっけん何じゃこれ!?、冗長、不快な小説のすばらしさの発見である。何度も映画化されたケイン『郵便配達は二度ベルを鳴らす』は「言葉より体で生きている人たちの実感が綴(つづ)られた希有(けう)な小説」。旦那が退屈で不倫する女を描く仏文学の古典、フローベール『ボヴァリー夫人』では「人間のだめさ加減を結集」した本の分厚さにあきれながらも、「こんなにもつまらないことを、こんなにもおもしろく書ける。小説の力の例題集のような小説」……。

 芥川賞作家が独自の嗅覚で名作のツボを押さえていくさまは見事だ。人情は大切だが、不人情もまた人情。つまらぬこと、めんどくささも人生の真実であり、すぐれた文学は、ペンだけで、「輝いていない人生」にも輝きを与える。そう教えられた。

読売新聞
2022年9月30日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加