『信仰』村田沙耶香著(文芸春秋)
[レビュアー] 南沢奈央(女優)
「常識」の脆さ 本物問う
村田沙耶香さんは、果たしてどこから世界を見ているのだろう。わたしたちとは明らかに異なる場所からこの世界を捉えている。まるで未来から現代を見ているようであり、宇宙から地球を見ているようだ。
村田さんの毎作品で異次元の視点に驚かされてきたが、本書は一段と濃厚だった。文芸誌で発表した小説や海外からの依頼で書いた小説、さらにエッセイ、全8編を収録。関連している作品たちではないのに、並べられたことによって何か大きなものが形成されている。一冊で一つの作品にもなっている、稀有(けう)な作品集だ。
表題作は、「原価いくら?」が好きな言葉で、現実こそが真の幸福だと信じている主人公・私が、友人からカルト商法を始めようと誘われるところから物語は始まる。かつてマルチ商法にハマり浄水器を売っていた友人、それを嘲笑し、高級食器に何十万円も使うお茶飲み友達を見て、一体、「本物」とは何なのかと揺さぶられる。
自分の周りを見渡してみれば、疑うこともなく、信じ切っているもので溢(あふ)れている。それは「常識」とされている事柄だったりする。どうして信じられているのと問われたら、答えに詰まる。当たり前のことなんてない。信じていたものが簡単に崩れ去る。
「本物」や「本質」とは何なのか。全編を通じて突きつけられる問いだ。自分のクローン4体との共同生活を描いた「書かなかった小説」では、自分とクローンの境界線が曖昧になっていく模様に、「人間」という存在の危うささえも感じた。「最後の展覧会」では人類が滅ぼうとも「芸術」が残るという、祈りに近いようなものが浮かび上がる。
人の脆(もろ)さが見えてくると同時に、全作品を読み終えると、現代の地球で生き抜くための“何か”を掴(つか)めたような、凜々(りり)しい気持ちになっている。大袈裟(おおげさ)に聞こえるかもしれないが、人類にとって大切な“何か”がこの一冊にある。