3年分の心血を注いだ長編『録音された誘拐』 小説家・阿津川辰海が語ったミステリへの情熱

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録音された誘拐

『録音された誘拐』

著者
阿津川辰海 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334914790
発売日
2022/08/24
価格
2,090円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

心血を注いだ「令和の誘拐劇」『録音された誘拐』著者新刊エッセイ 阿津川辰海

[レビュアー] 阿津川辰海(作家)

 三年の間、先達の偉業と、今自分が実現したいことを見つめ続けて、書き上げた作品が『録音された誘拐』です。

 まず、演説する悪党が好きです。伊坂幸太郎『陽気なギャングが地球を回す』の四人組の銀行強盗のうちの一人、響野(きようの)は人質の前で演説をして時間を稼ぎます。道尾秀介『カエルの小指』では前作『カラスの親指』で詐欺師だった武沢(たけざわ)が実演販売士に転身。都筑道夫の『紙の罠』『悪意銀行』では土方や近藤という冗談のような名前の悪党が持論を展開し、源流を辿ればフランク・グルーバー『コルト拳銃の謎』に出てくるジョニーとサムのコンビがいて……。ハードボイルドな悪党も好きですが、語りすぎるほど語る、彼らのことが愛おしい。『録音された誘拐』ではそんな思いから「カミムラ」という悪党を書きました。お気に入りのキャラです。

 誘拐も、本格的に取り組みたかったテーマです。短編「第13号船室からの脱出」(『透明人間は密室に潜む』収録)でも挑みましたが、あれは搦(から)め手のような使い方なので、犯人との攻防から身代金トリックまで満載した長編を書きたかった。天藤真の『大誘拐』、土屋隆夫の『針の誘い』、法月綸太郎『一の悲劇』、原寮『私が殺した少女』、最近では東川篤哉『もう誘拐なんてしない』、横山秀夫『64』など、創意工夫に溢れた誘拐ミステリーの世界に、現代ならではのトリックを投じてみたかったのです。

 先人への敬意を踏まえつつ、自分なりに挑戦した作です。三年分の心血を注いだ長編、お楽しみいただけますよう。

 この一ページに、十二冊もの書名が上がりましたが、このレベル――いや、それ以上の密度で、好きな作品を語りに語り尽くす『阿津川辰海読書日記 かくしてミステリー作家は語る《新鋭奮闘編》』という暑苦しい評論・エッセイ本も同時発売。新刊時評を中心に、危なっかしい筆致でミステリーの魅力の多面性に迫っていく、「新鋭奮闘」な一冊もぜひ。

光文社 小説宝石
2022年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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