『夜の道標』
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正しさを問う十周年記念作品 『夜の道標』芦沢央
[レビュアー] 円堂都司昭(文芸評論家)
知的・情緒に障害を持つ子を受け入れる塾を経営する戸川勝弘が、かつての教え子に殺害された。惣菜店で働く長尾豊子は、犯人である阿久津弦を匿っていた。だが、刑事の平良正太郎は、上司や同僚に疎まれ馬鹿にされながらも、地道に事件を追い続けている。そして、父親から虐待され食べる物に困っていた小学六年生の橋本波留は、半地下で暮らす阿久津から残り物の惣菜をもらうようになる。
芦沢央が作家生活十周年記念に発表した『夜の道標』は、節目にふさわしく力の入った長編だ。不安定な立場にいる人たちが出会い、状況が動いていく。物語の焦点となるのは、阿久津がなぜ犯行におよんだかである。かつて正しいとされたことが、今も正しいとされるとは限らない。過去に善意で行われたことが、現在の視点からみればひどい判断だったということもありうる。事件の背景には、そのような問題が横たわっている。阿久津の思いを記したカバーのそでの一文「あの手の指す方へ行けば間違いないと思っていた」が象徴的だ。
重いテーマを抱えた作品だが、読後感は苦いだけではない。大人なのに真っすぐすぎる思考をする阿久津と、父との歪んだ関係ゆえに子供にしてはいろんなことを呑みこんでいる波留が、不思議と近しくなっていく。また、波留の同じ歳のバスケット仲間で、まだ呑みこむことなど知らない仲村桜介は、うっとうしがられても友だちを素直に心配し続ける。そうした心の交流には温かみと希望があるし、エピローグの波留と桜介が打ち解けた場面は感動的だ。これまで著者は短編の名手というイメージが強かったかもしれないが、長編もよいのである。