人間を虐殺にするのは「被害者意識」ではないか──被害と加害の関連性について作家・逸木裕が語る

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祝祭の子

『祝祭の子』

著者
逸木 裕 [著]
出版社
双葉社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784575245530
発売日
2022/08/18
価格
2,035円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

宗教により洗脳され大量殺人に加担させられた子供たち。オウム事件をリアルタイムで見た世代が描く、過酷な運命を背負った人間の葛藤と救済とは――『祝祭の子』逸木裕インタビュー

[文] 双葉社

まるで「殺人兵器」のように育てられ、新興宗教団体の施設内で大量殺人に加担――そんな過酷な運命を背負った子供たちが大人になったとき、彼らを襲う者が現れて……。500ページ超えの大著ながら一気読み必至のミステリー『祝祭の子』が刊行された。刊行を記念して本作について著者の逸木裕氏に話を聞いた。

 ***

──デビュー作『虹を待つ彼女』をはじめ『星空の16進数』『空想クラブ』など良質な青春ミステリーを書かれてきた逸木さんですが、今回は生きづらさを抱えた大人たちが登場する新境地だと思います。構想自体は以前からあったものなのでしょうか?

逸木裕(以下=逸木):本格的に小説の投稿をはじめたのが33歳ごろなのですが、そのときに最初に書いた物語が原型になっています。8年がかりで書いた感覚があります。アクションシーンなどにも力を入れましたのでいままでの作品とは手触りが違うかもしれませんが、私は常に「この過酷な世界でどう生きていくのか」をテーマに書くことを意識しておりまして、そういう点で過去の作品と連続性を感じていただけるとは思っています。

──雑誌連載を経てからの刊行になりましたが、折しも新興宗教の存在や立ち位置が注目されています。今回のお話に宗教を絡めることになった背景をお聞かせください。

逸木:私は1980年生まれで、95年の地下鉄サリン事件、およびその一連のオウム真理教事件に大きなショックを受けた世代です。折に触れてあの事件のドキュメントを読み返しており、自分なりに宗教のことを書きたいという気持ちがありました。人間は環境によって極端な思考に走ってしまうことがあり、『銀色の国』という長編でもそのあたりを描いたのですが、今回は小説誌での連載の話をいただき、長年温めていた内容に取り組みました。このテーマについては、また機会をいただければ書くと思います。


『祝祭の子』著者・逸木裕(撮影:古本麻由未)

──洗脳されて殺人を犯し過酷な運命を背負うことになった子供達、一方で子供達によって大切なひとを殺された遺族もいる。単純に加害と被害で分けられない関係について読み手も考えることが多い物語でした。彼らの周辺の人物や石黒望の生い立ちにもそれを感じますが、執筆の際の意図があればそれを教えて欲しいです。

逸木:人間が蛮行に足を踏み出してしまう共通の心理状態として「被害者意識」があると思います。多くの大量殺人犯の動機として語られるのは「自分がいかに他者から虐げられてきたのか」という被害者としての言葉です。ネットの炎上のような卑近なものも、攻撃している側が「自分たちは被害を受けているのだ」という自意識があると激しく燃えますし、もっと大きな話だとウクライナに侵攻したプーチン大統領など戦争指導者も「自分たちがいかに被害者なのか」について真っ先に語ります。被害者意識は人間が虐殺スイッチを押すためのキーなのでしょう。

 一方で、同情すべき被害を受け、それが十分に回復されていない人も間違いなく存在するのが人間社会の悩ましいところです。被害者意識はさらなる加害を生みかねない一方、被害者に対して〈そんなものにとらわれずに前に進め〉と言うのもまた、暴力的な話です。答えのない被害と加害の関連性について描きたいと思ったのが、本作執筆の動機のひとつです。

──今作も魅力的なキャラクターが出てきます。〈生存者〉に関して言うと、生い立ちを生かす者、なかば未来を諦める者、決別する者……と生き方だけでも彼ららしさが際立っています。逸木さんが一番思い入れのあるキャラクターはいますか?

逸木:それぞれに思い入れがありますが、わかばと彩香というふたりの女性については特に思い入れを持っています。体術に優れ、14年前の事件で誰よりも多くの人を殺してしまった女性と、ひとりも殺すことができなかった女性です。彼女らの交流が読みどころのひとつになっているとは思います。

──逸木さんの作品には音楽が効果的に使われているように思います。『祝祭の子』でも、宗教団体トップの石黒望の過去パートや、登場人物の声の描写で音楽用語が印象的に出てきていました。小説で描かれる文字の「音楽」についてどのような思いがあるのか、書かれるときに意識されてることなど聞かせてください。

逸木:小説は音楽を、特にクラシックやジャズなど抽象性の高い音楽を描写するのによいメディアだと感じております。音楽によって得られる感興を、登場人物の心理に分解して読者に届けることができるからです。また文章を読むということは、それ自体が頭の中で音を発生させている音楽的な行為でもあります。音楽を描写する際は、文章の流れが心地よく音楽的になっているかに気を配っています。

──ミステリー、サスペンス、ハードボイルド、さまざまな要素が絡んでいる作品だと思います。いわゆる“ジャンル”ごとに使う筋肉は違うのかなと感じましたが、そこの難しさなどはありましたか?

逸木:本作は構造的には完全にミステリーなのですが、ミステリーは謎解き要素を作り込めば作り込むほどリアリティが損なわれ、リアルな人間ドラマから遠ざかるという難しさがあります。今回はそのバランスにもっとも苦慮しました。またアクションシーンの書きかたにも悩みました。主人公たちは相手を効率よく殺傷することができる実戦的な格闘術を使うのですが、それが実際にどういうものかについては(公に書けないものも含め)かなり取材をしました。

──最後に読者へ、読みどころなどメッセージをお願いします!

逸木:色々難しいことを書いてしまいましたが、とにかくページをめくる手が止まらない一気読みサスペンスを目指した作品です。睡眠不足になっても良い日に、ぜひ一気に読んでみてください。

●逸木裕(いつき・ゆう)プロフィール
1980年東京都生まれ。2016年「虹になるのを待て」で第36回横溝正史ミステリ大賞を受賞。同年、『虹を待つ彼女』と改題しデビュー。著書に『銀色の国』『空想クラブ』『五つの季節に探偵は』『風を彩る怪物』などがある。2022年に「スケーターズ・ワルツ」で第75回日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞。

COLORFUL
2022年9月3日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

双葉社

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