短絡的な犯罪を「人間のクズだから」で片づけられない理由 児童精神科医が語る

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ドキュメント小説 ケーキの切れない非行少年たちのカルテ

『ドキュメント小説 ケーキの切れない非行少年たちのカルテ』

著者
宮口 幸治 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784106109652
発売日
2022/09/20
価格
1,056円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

短絡的な犯罪を「人間のクズだから」で片づけられない理由 児童精神科医が語る

[文] 新潮社


「境界知能」の人たちは人口の14%程度いるとも……

「目の前にあるのは丸いケーキの絵です。これを3等分してみてください」

医療少年院にはこのシンプルな問いに答えられない少年が少なくない。中心から放射線状に線を書いて3等分することが出来ず、タテに直線を2本引いてしまう少年もよく見られる。

その原因は、彼らの認知機能の弱さにある。ものごとを認知する能力がそもそも低く、現在の基準では知的障害とまでは言えないが、知能指数で言えば70~84程度の「境界知能」の持ち主や、学校・社会で気づかれてこなかった軽度知的障害。それが、彼ら「ケーキの切れない非行少年」たちの特徴でもある――。

こんな衝撃的な事実を示した『ケーキの切れない非行少年たち』は、続編の『どうしても頑張れない人たち ケーキの切れない非行少年たち2』と合わせて、シリーズ累計100万部を超えるベストセラーとなった。

著者の宮口幸治立命館大学大学院人間科学研究科教授は、児童精神科医として精神科病院や医療少年院に勤務した経験を持つ。その宮口氏の新刊が『ドキュメント小説 ケーキの切れない非行少年たちのカルテ』。タイトルからもわかる通り、『ケーキの切れない非行少年たち』の小説版という趣である。

なぜいま、小説版を執筆したのか。著者の宮口氏に聞いてみた。

――なぜ今回「ドキュメント小説」という形で世にこの問題を問うたのでしょうか。

宮口 『ケーキの切れない非行少年たち』は、当初は矯正関係者とか教育関係者を読者に想定していたのですが、ベストセラーになったのは嬉しい誤算でした。ただ、本が多く読まれるにつれて、私の意図とは違う読み方をされることも増えた印象があります。
 ネット上では、私の考え方が正しいとか間違っているとかいう議論が多かったのですが、私としてはそうした議論の妥当性よりも、まずは「事実」を知って欲しい、との思いがありました。その「事実」を伝えるには、私の考えを述べるよりも物語という形で語った方が伝わるのではないか。そう考えたのが執筆のきっかけです。
「ケーキの切れない非行少年たち」にはコミック版もあり、こちらの原作も私が書いています(「くらげバンチ」にて連載中。現在、5巻まで刊行)。コミックはイメージで伝えるには素晴らしい表現手段ですが、どうしても文字数の制限を受けてしまう。そこで、コミックの原作をベースに、文字で伝えたい話を大きく盛り込んで、小説にしました。


田町雪人(イラスト:鈴木マサカズ)

――本書には事件を起こした少年、少女が4人出てきます。小説の第1章で登場する少年・田町雪人の殺人事件は、仮に新聞の社会面で取り上げれば、次のようなまとめ方になるでしょう。

「容疑者は、少年院に収容されていた時期がある。出院後は職を転々として、振り込め詐欺グループの一員ともなっていた。殺害した女性とは交際していたが、借金の返済を強く求められ口論となったことがきっかけで犯行に及んだという」

概要だけ読めば、「どうしようもない人間のクズによる安易な犯罪」ということになります。しかし、この容疑者の子ども時代からの人生や犯行に至るまでを物語で追体験すると、そんな簡単な片づけ方ができないことがよくわかります。彼の目には世界はこう映っているのか、と。

そして自分がこの立場だった時に、真っ当に普通の生活を送れるだろうか、と恐ろしくなってきました。

宮口 報道だけを通じてこの事件を知った人たちのほとんどは、この犯人のことを「冷酷で非情な極悪人」と思うでしょう。しかし、今回の小説で描いたように、彼にまつわる事情を細かく見て行くと、彼自身がさまざまな面で「被害者」としか言えない立場に身を置いていたことが分かるのです。
 田町雪人には軽度の知的障害があり、父親のDV、両親の離婚、母親のネグレクト、父親の刑務所入所などがあって、中学からは児童自立支援施設で生活していました。彼には、頼れる相手、無条件に受け入れてくれる人がどこにもいなかったのです。振り込め詐欺に彼を引き込んだ地元の知り合いは、承認欲求に飢えていた彼の弱みに巧みにつけ込み、利用しました。
 田町雪人のIQは68で、最大でも小学6年生程度の知能しかありません。「自分が小学6年生程度の知能で、どこにも頼れる人がいなかったら……」と考えてみれば、彼がどのような厳しい環境に身を置いていたかが分かるでしょう。


児童精神科医の宮口幸治さん

――この少年に限らず、『ドキュメント小説 ケーキの切れない非行少年たちのカルテ』で扱われた事件は、必ずしも大々的に報じられるものではありません。そのため事件の背景について、メディアが詳しく報じるようなものでもない。ともすれば「人間のクズ」がやった、といった片づけ方で終わりそうに思います。

宮口 世間では時々、「どうしてそんなことをしたのか分からない」ような犯罪が起こります。例えば2014年に神戸市長田区で起きた、小一女児殺害事件では、被害者の遺体はビニール袋に入れられて雑木林に捨てられていました。それだけ聞いたら「酷すぎる」と感じるでしょうが、この犯人は自分が通っていた病院の診察券を一緒に捨てていたのです。
 どうしてすぐに身元がバレるようなことをしてしまったのか。療育手帳(軽度知的障害)を所持していた彼には、「診察券を捨てたら身元がバレる」という程度の想像力もなかったからです。
 実はこの犯人は陸上自衛隊に勤めていたことがあり、大型一種や特殊車両の免許も持っていました。軽度の知的障害があっても、頑張れば取得は可能です。だから、余計に気付かれにくいのです。
 普通の人には理解不能に見えるこうした犯罪の背後には認知機能の弱さなど、何らかの障害が関与しているケースも少なくないんですね。


荒井路彦(イラスト:鈴木マサカズ)

――知能の問題となると、容易に解決できないでしょうから、ちょっと絶望的な気持ちにもなります。自分のやったことの罪深さもわからないということなのですから。

ただ、本書にはいくつかの「救い」の道も示されていますよね。犯罪被害者の話を聞いて、少年に深い悔恨が生じるというエピソードは特に印象的でした。

実際にそのようなケース、つまり何らかの良心の芽生えが生まれるということはどのくらい期待できるのでしょうか。

宮口 第3章の、自宅を放火して隣家の女性を焼死させてしまった14歳の少年、荒井路彦君のケースですね。
 彼は在院中、少年院にやってきた放火事件の被害者家族の話を聞いて、更生の気持ちを新たにしました。これは、本人が特定できないように多少の改変を加えていますが、実話に近いです。また、荒井少年の更生のきっかけとなる被害者家族が少年院で語った話も、ある方の語りをもとにアレンジしました。
「ケーキの切れない非行少年たち」は、認知機能の弱さもあって、他人の立場でものを考えることは得意ではありません。彼らに気づきを与えるのには、「被害者の視点を取り入れた教育」が有効な場合があります。荒井君のケースでは、そのことも伝えようと思いました。実際、彼のように被害者遺族などのゲストスピーカーの話を聞いて、劇的に変わっていくことはあります。
 ただし、万能の薬を期待してはいけない。だれにでも通用するような更生方法はありません。そして、どんなに期待しても、何度も裏切られるかも知れない。それでも見捨てずに、その子にあった方法を、あの手この手で探っていくしかないのです。

――知能の問題は議論が難しく、すぐに「差別」を指摘する人もいるように思います。また、「知能が低くても真面目に立派に働いている人はいくらでもいる。犯罪者を甘やかすな」といった声も常にあるように思います。こうした意見についてどう考えれば良いのでしょうか。

また身近にそういう少年、少女がいる人はどういうことに気を付けるのが良いのでしょうか。

宮口 う~ん、そこは敢えて、ここではコメントしないでおきます。というか、『ドキュメント小説 ケーキの切れない非行少年たちのカルテ』を書いたのは、まさに「私の意見よりも彼らをめぐる事実を知って欲しい」と考えたからですし。
 犯罪、特に少年犯罪というのは、多くの人の心をかき乱します。激烈な反応も呼び起こしてしまう。だから、「厳罰化しろ」と言いたくなる人の気持ちも分かります。
 ただ、『ケーキの切れない非行少年たち』でも指摘した通り、「境界知能」の人たちは人口の14%程度いると考えられます。これは決して無視できない多さです。認知機能に問題を抱えた彼らがつらい境遇に置かれていると、どうしても犯罪につながるリスクが高まってしまう。だから、効果的な支援を考える前提として、今回の小説に書かれたような「事実」を知って、皆さんに考えて頂きたいのです。
 もし、身近に「ひょっとして、あの子は知的なハンディがあるかも」というケースがあったら、できるだけ早く「支援」につなげてあげてほしいです。「ちょっと問題があるけど普通の子」「ちょっと勉強が遅れているけど普通の子」が、実は境界知能だった、軽度知的障害だった、ということはよくあります。彼らがいじめをうけ、被害者となり、中学生くらいになって非行に走り、今度は加害者となって、少年鑑別所に至ってようやく「この子には障害があったのだ」と気付かれる。そうした事例をたくさん見てきました。本来は保護されてしかるべき「被害者」の彼らが、加害者となってしまう前に、我々に出来ることはあるはずです。

 ***

宮口幸治(児童精神科医)
立命館大学大学院人間科学研究科教授。京都大学工学部を卒業し建設コンサルタント会社に勤務の後、神戸大学医学部を卒業。児童精神科医として精神科病院や医療少年院に勤務。2016年より現職。一般社団法人日本COG-TR学会代表理事。医学博士、臨床心理士。

宮口幸治(児童精神科医)

Book Bang編集部
2022年10月11日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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