『歴史の本棚』
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<書評>歴史の本棚 加藤陽子 著
[レビュアー] 平山周吉(雑文家)
◆昭和史の名著 意義明らかに
他人の書斎、他人の本棚をちらり覗(のぞ)き見するスリリングな愉(たの)しさは何ともいえない。その人の頭の中や思想傾向、趣味嗜好(しこう)までが想像できた気になるからだ。
本書『歴史の本棚』のカバーは、著者の書斎か、東大の研究室の本棚の写真である。ぎっしり並んだ本の書名を確認する。『昭和天皇実録』『昭和天皇拝謁記』『日本外交文書』『宇垣一成日記』、二・二六事件や五・一五事件の資料集など、昭和史の根本史料がずらりと並ぶ。
著者の加藤陽子は、昭和史研究の第一人者だから当たり前か。それにしても、オーソドックスでつけ入る余地がない鉄壁さ。整然と並び、積み重ねられた本棚は、著者の頭の中もまた、かくの如(ごと)く隙なく整理整頓されているのだろうと推測させる。
『歴史の本棚』は、著者の定評ある書評や戦争文学論を収めた、恰好(かっこう)の歴史入門書である。取り上げた本を国家、天皇、戦争、歴史、人物といったパートに分け、一冊のまとまった書物に仕上げてある。
著者の書評本としては十五年前に『戦争を読む』があった。その中で、「採りあげた本は、時代を画するに足ると私が信じた本であるから、書き手の大切な声を聴きとり、現代における意義を明らかにすべく努めた」と宣言していたが、『歴史の本棚』でも、その方針は貫かれている。
短い書評であっても、その本の何が大切か、どこが新しいかが明記され、本の位置づけが、昭和史全体の中で目配りよくなされる。相当の自信と年季がないと書けない書評なのである。
それでいて、著者は書評を書くのを愉しんでいる気配が強い。この本をどうやって紹介しようかと、舌なめずりしながら構想を練っている姿が自(おの)ずと浮かんでくるのだ。
『歴史の本棚』で紹介される本は五十七冊に及ぶ。私としては、かなり注意しているジャンルの本なのだが、それでもそのうちの十一冊は、これから読まずばなるまいと思わされた。読者にしてみれば、有難(ありがた)くもあり、有難迷惑でもある『歴史の本棚』である。
(毎日新聞出版・1760円)
1960年生まれ。東京大大学院教授・日本近現代史。『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』など。
◆もう1冊
野呂邦暢(くにのぶ)著『失われた兵士たち 戦争文学試論』(文春学藝ライブラリー)。早世した芥川賞作家による執念の書。有名無名を問わず、戦記、手記、日記を読み込む。