新進気鋭の若手作家からデビュー10周年の中堅まで 圧巻のミステリ&サスペンス3作

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[本の森 ホラー・ミステリ]『夜の道標』芦沢央/『プリンシパル』長浦京/『録音された誘拐』阿津川辰海

[レビュアー] 村上貴史(書評家)

 芦沢央『夜の道標』(中央公論新社)は、作家生活十周年を記念する一冊。

 公園でクラスメイトとバスケットボールに興じた帰り道、車にはねられた少年。パート先から廃棄すべき売れ残りの惣菜を家に持ち帰る三〇代女性。殺された塾経営者。その殺人事件の容疑者と目されつつ、行方をくらまして二年になる男。傍流に追いやられながらも捜査を続ける刑事コンビ。本書は、そうした人々の物語が絡み合う小説であり、“評判のよい塾経営者が、何故殺されたのか”という謎を一応の中心として話が進んでいく。が、それだけではない。例えばバスケの少年やその友人の物語――それはそれで青春小説としてしっかり読ませる――と殺人事件の関連が不明で興味をそそるし、パートの女性の不自然な様子も頁をめくらせる。そうした巧みな小説作りにより、結末まで一気に読まされてしまうのだ。そして結末で予想外の真実が明かされて各ピースが鮮やかに収まるべきところに収まり、ミステリとしての納得感が得られる。だが、読者は爽快感ではなく、重い衝撃に襲われるだろう。塾経営者が殺された一九九六年に何があったのかを知り(思い出し)、命について深く考えることになる。そんな読み応え十分の一冊だ。なお、巻末の参考文献の頁は結末のヒントとなり得るので、ご用心あれ。

 長浦京『プリンシパル』(新潮社)も同様に読み応え抜群。昭和二〇年八月一五日を起点とするこの小説は、ヤクザ組織のトップの娘として生まれた女性が主人公。父に反発して女学校の教師をしていた綾女だったが、敗戦直後に父が没し、不本意ながらも後継者となった。直後に起きた凄惨な事件で腹を括った綾女は、暴力組織間の抗争、GHQの思惑と不良軍人の思惑、政治家たちの欲と陰謀といった闇のなか、己の死をどこかで願いつつ、突っ走っていく。慈悲の欠片もない世界での胆力と知略を尽くした暗闘を描いた大部の小説であり、その疾走感と密度に圧倒されるしかない。

 前々号で短篇集『入れ子細工の夜』を紹介したばかりの阿津川辰海の書き下ろし長篇が『録音された誘拐』(光文社)だ。いわゆる誘拐ものの本書、まずは誘拐される人物がユニークだ。大野探偵事務所の所長がさらわれるのである。誘拐犯の設定もまたユニーク。依頼を受けて犯罪を美しく実行するという犯罪請負人が犯人なのだ。そんな誘拐事件に、大野探偵事務所の他の二人の探偵、耳が良い探偵とカウンセリングを得意とする探偵が挑む……。という具合に、そもそもの事件の構図がユニークだし、そこからの展開もユニーク、そして真相は意外――という満点の誘拐ミステリなのだが、それだけでは終わらない。終盤の終盤で、読者が“こうだろう”と思っていた光景が実はそうではなく、全く異なる綱渡りだったことが明かされるのだ。二種類の大きな衝撃を味わえるのである。これだから阿津川ミステリはやめられない。

新潮社 小説新潮
2022年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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