<書評>嫌いなら呼ぶなよ 綿矢りさ 著

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嫌いなら呼ぶなよ

『嫌いなら呼ぶなよ』

著者
綿矢 りさ [著]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784309030487
発売日
2022/07/27
価格
1,540円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>嫌いなら呼ぶなよ 綿矢りさ 著

[レビュアー] 重里徹也(聖徳大特任教授・文芸評論家)

◆欲望に忠実な主人公たち

 コロナ禍は私たちの心にどのような影を落としているのだろうか。いつもマスクをしないといけないわずらわしさ。絶えず頭のどこかで、感染することを恐れているストレス。一方で、顔の半分を隠すことができ、くだらない飲み会は消滅し、他人との間に距離を置きやすくなった。

 人々は実は少し、生きたいように生きるようになったという面もあるのではないか。胸の底に潜む欲望を募らせ、あらわにし始めているようにも思えるのだ。

 この短編集を読みながら、そんなことを考えていた。「正しさ」の攻撃にもめげず、自身の欲望に忠実な主人公たちの姿が鮮やかだったのだ。綿矢の軽快な筆は、コミカルに彼ら彼女らを描いていく。世間からは断罪されたり、後ろ指をさされたりされがちだが、ここに切実な真実があるように見えてくるのだ。

 四編を収めている。主人公は男女さまざまだ。大学卒業後、広告代理店に勤めて二年目の女性は、プチ整形にはまる。人を見た目で判断する風潮を逆手に取って、自分が生きたいように生きようとするしたたかさが伝わってくる。

 彼女は内面に深い虚無を抱えているのだが、それさえも笑い飛ばそうとする。この作品を読んでいると、今の時代のモヤモヤに確かに触れているような気がする。

 表題作は不倫を糾弾される男性の話だ。妻の友人の新居祝いのパーティーに出かけると、突然に修羅場になる。妻の友人たちやその夫たちから、厳しく非難される。彼らの言葉は確かに正しい。しかし、その「正しさ」とは何なのだろう。主人公の心はさめている。殊勝に謝りながら、実は自分が置かれた光景を客観的に眺めている。「正義」を疑いなく口にする人々の厚顔さが、浮き彫りにされていく。

 他の作品では、推しのユーチューバーにむやみに接近する女性がいたり、作家とライターにはさまれて困惑する若い男性編集者がいたり。誰もが自分の存在意味をまさぐりながら、うろうろしている。作者本来のシニカルさが鋭さを増してきた。

(河出書房新社・1540円)

1984年生まれ。作家。2004年『蹴りたい背中』が史上最年少で芥川賞。

◆もう1冊 

綿矢りさ著『夢を与える』(河出文庫)。読み返したくなる初期長編。

中日新聞 東京新聞
2022年10月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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