<東北の本棚>文化糧に苦難生き抜く

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

抑留を生きる力 シベリア捕虜の内面世界

『抑留を生きる力 シベリア捕虜の内面世界』

著者
富田武 [著]
出版社
朝日新聞出版
ジャンル
歴史・地理/歴史総記
ISBN
9784022631176
発売日
2022/06/10
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<東北の本棚>文化糧に苦難生き抜く

[レビュアー] 河北新報

 第2次世界大戦後のシベリア抑留という艱難(かんなん)辛苦を生き抜いた力は、どこから生まれたのか。捕虜や抑留者の回想記や手紙、芸術作品、聞き取りなどを基に、その問いに迫った。過酷な環境を生き抜いた捕虜や抑留者の数々の芸術表現を考察しながら、彼らの内面世界を浮き彫りにした。専門家としての知見と情熱、シベリア抑留を多面的に捉えようとする視点が光る。

 本著は序章と1~4部、終章で構成。1部の「収容所の文化活動」では、シベリア抑留者の間で歌われた名曲「異国の丘」を作曲した吉田正さん(1921~98年)について、希望のない重労働や飢餓、酷寒の中でも生きている証しとして曲を作り続けたと紹介。樹皮に楽譜や歌詞を記し、仲間と歌い、励まし合ったという。

 望郷の念に突き動かされ、過酷な生活下での励みや癒やしを求め、シベリア各地の収容所に芸術家を志す者を中心に楽劇団が誕生したことにも触れ、興味深い。文化が精神的なエネルギーになり、生を支えたことを物語っている。

 捕虜や抑留者の短歌や俳句、川柳、絵画も取り上げ、精神性や政治、時代背景を分析した。極限状況での表現活動の全体像をまとめており、終戦直後の文化史を知る上でも貴重だ。

 3部の「望郷、一時帰国か永住か」では、秋田県出身で特務機関の中尉だった吉田明男さん(故人)が、終戦後の日ソ国交回復で帰国を許されたものの「ハバロフスク日本人墓地の墓守」としてハバロフスクに残った逸話を掲載。シベリア抑留が人の運命を翻弄(ほんろう)し、家族を引き裂いた象徴的な出来事として記されている。

 著者は1945年福島県生まれ。東京大大学院社会学研究科博士課程満期退学。成蹊大法学部教授、法学部長などを歴任。専門はロシア・ソ連政治史、日ソ関係史。シベリア抑留研究会代表世話人。
(沼)
   ◇
 朝日新聞出版03(5540)7793=1760円。

河北新報
2022年10月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河北新報社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク