【聞きたい。】中島国彦さん 『森鴎外 学芸の散歩者』
[文] 三保谷浩輝
■危機乗り越える強靱な精神
「こういう本を出したかった」―。近代文学研究に携わって半世紀余の著者が感慨深く送り出した一冊。
今年没後100年の森鴎外。文豪然としたいかめしい写真、雅文体の作品などなじみにくい印象もある。だが、「『鴎外なんて難しそう』という人に知ってもらい、『へえ、こんな人だったの。読んでみようか』となってもらえたら」と仕掛けを施している。
60年の生涯を時系列で追いながら作品が書かれた背景、時代を伝え、当時の文学者らによる鴎外の人物・作品評にも目を配る。
例えば夏目漱石は大学時代、鴎外作品を読んで「当世の文人中にては先づ一角(ひとかど)ある者と存居(ぞんじおり)候」と友人の正岡子規に書き、鴎外を敬愛した永井荷風はその生きようを「独り静に芸術の庭を散歩する」と表現した。鴎外を「パッパ」と呼んだ家族の証言まで含め、鴎外の魅力が浮き彫りになる。
さらに、小説デビュー作「舞姫」から「渋江抽斎」など晩年の史伝まで、多くの作品について「私の一押しの一節」をふんだんに紹介し、ブックガイドの味わいも備えた。
「漱石と並び称されることも多いが、与えた影響、存在感という意味で、鴎外抜きに近代文学は語れない」
240ページ余の新書にまとめ、豊富な情報量、資料・写真で理解と発見を促す。
「近代文学のさまざまなことを研究してきたから、鴎外を考えるときにすべてつながり、こういう形で描けた」と執筆を振り返る。
そして今回、改めて鴎外の生涯を丹念にたどることで、鴎外が折々で直面した危機をどう認識・対処したか、その「強靱(きょうじん)な精神のありよう」にも注目した。
「鴎外作品を読むことは、鴎外が危機をどう乗り越えたかを学ぶこと。当時から今も解決できていない諸問題…社会のなかでの役割、夫婦の関係、子供とのあり方などを考えることにもつながる」(岩波新書・968円)
三保谷浩輝
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【プロフィル】中島国彦(なかじま・くにひこ)
早稲田大名誉教授、日本近代文学館理事長。昭和21年、東京生まれ。『荷風全集』『定本 漱石全集』など編纂(へんさん)のほか、『近代文学にみる感受性』など著書多数。