偏差値35から東大合格――「ドラゴン桜2」で鈴鹿央士が演じた藤井くんのモデルとなった人物・西岡壱誠とは? 漫画家の三田紀房が語る

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それでも僕は東大に合格したかった

『それでも僕は東大に合格したかった』

著者
西岡壱誠 [著]
出版社
新潮社
ISBN
9784103547716
発売日
2022/09/22
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

人生大逆転! まさに、リアル「ドラゴン桜」だ。

[レビュアー] 三田紀房(漫画家)


現役東大生、株式会社カルペ・ディエム代表。YouTubeチャンネル「スマホ学園」運営。

 成績はビリで運動神経はゼロ、いじめられっ子で人生に何も希望を持てなかった西岡壱誠くんは、渋谷先生なる人物が放った、「それなら、東大を受けてみろ」という途轍もない言葉で人生が一変する。渋谷先生と西岡くんの関係性は、まるで『ドラゴン桜』の桜木と生徒たちのように見えるが、これは実際にあった出来事である。

 その西岡くんはもちろん現役の東大生だ。さらに『東大読書』というヒット作も手掛け、作家としても注目される西岡くんが、偏差値35のド底辺から合格発表を迎えるまでを描いた小説『それでも僕は東大に合格したかった』を発表した。

 本作の刊行を機に、親交のある『ドラゴン桜』の作者・三田紀房さんに、西岡壱誠という人物について話を聞いた。

三田紀房・評「人生大逆転! まさに、リアル「ドラゴン桜」だ。」

三田 西岡壱誠くんは、漫画『ドラゴン桜2』から、ストーリーに厚みを持たせるために参加してもらった、現役東大生スタッフの中の一人でした。

 はじめは、あまり目立つ印象はなかったのですが、打ち合わせを重ねるうち、彼を中心にグループが動き出していることに気づいたのです。自分から積極的に発言する内容が簡潔で、要点が頭の中で整理されており、まったく無駄がない――いかにも東大生らしい優秀な人だなという感想を持ちました。なので、プロフィールを事前に聞かされていなかったこともあり、一緒に仕事をするうちに偏差値35から東大を目指したことを知って、本当に驚きました。他のメンバーは高校時代から成績優秀な学生ばかりで、現役合格が一人、ほとんどは一浪だけで合格していたはず。私が知る東大生の中で、西岡くんのような二浪で三回受験というケースはとてもレアでした。

 すでに彼は『東大読書』や『東大作文』をはじめ、自身の経験を基にした実用書を出版していましたが、今作の『それでも僕は東大に合格したかった』は自分のリアルな受験体験を描いた小説と聞いて、更に驚きました。

 東大生は、「なぜ東大を目指したのか」と、よく質問されるそうですが、ほとんどの学生には理由らしい理由はないと聞きます。「なんとなく」とか「ここまで勉強しているなら受けてみよう」とか「先生から言われた」など、それほど強い動機はないのが現実です。西岡くんは先生の言葉をきっかけに、それを信じて、「受けてみよう」と行動に移すことが出来た。その勇気こそが、一番の成功の「鍵」だったと思います。

 偏差値35からの東大合格、つまり彼の経験には、「人生大逆転」、つまり人生をどうマネジメントするかというヒントが詰まっています。苦しい状況から受験をテコにして、人生のファーストアタックを見事に成功させた点がとても興味深い。受験勉強は孤独な闘いだと思っていた西岡くんは、発表を待つ八日間の中で、様々な人との繋がりに気づいていきます。この気づきこそが、現在の彼を形作ったのではないでしょうか。

 彼は並大抵ではない努力を重ねて東大受験に挑むものの、現実はそう甘くない。この小説は、三回目の受験を終えた後、合格発表までの日々を描いているが、そこには、もがき苦しみ続けて、ある意味、カッコよくない、本当の西岡壱誠がいる。

三田 『ドラゴン桜』では、よく登場人物それぞれの人間性に触れることがあります。キャラクター設定のための打ち合わせで、どんなタイプが受験に失敗するのか、と西岡くんに尋ねたところ、彼は「僕みたいに性格が悪いと落ちます」と口にしたのです。人の言うことは聞かない、反発ばかりして身勝手な行動をする。それをヒントに生まれたのが、プライドが高くて独りよがりな高校生、「藤井くん」です。『ドラゴン桜2』は、ある視点から見れば藤井くんの成長物語でもあり、西岡くんは、まさに自分だと言っていました。現在の西岡くんは、とても冷静で穏やかな印象なので信じ難いのですが、受験生活の苦悩を垣間見た気がします。

 受験に対するイメージは、誰から影響を受けるかによって変わるものです。辛くて苦しいものではなくて、誰にでもそれを乗り越える可能性があり、自分を成長させるひとつのきっかけだということを、西岡くんには「現役東大生」の立場から伝え続けてほしい。実際の体験を経た言葉には説得力があります。

『ドラゴン桜』チームでも、現在、新たな取り組みを始めているのですが、西岡くんと組んで仕事を進めることで大きく変わると実感しています。この小説にも、桜木の新たなストーリーのヒントが隠されているのかもしれません。

 挫折を何度も乗り越えてつかんだ東大合格。その日々を記したノンフィクション・ノベル『それでも僕は東大に合格したかった』は、受験生だけではなく、それを支える親世代も勇気をもらえる作品だと思います。

新潮社 波
2022年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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