トミー・ジョン手術で死屍累々 エンジェルスに読ませたい至言の書

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自分を諦めない - 191針の勲章 -

『自分を諦めない - 191針の勲章 -』

著者
館山 昌平 [著]
出版社
ワニブックス
ジャンル
芸術・生活/体育・スポーツ
ISBN
9784847071997
発売日
2022/06/24
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

トミー・ジョン手術で死屍累々 エンジェルスに読ませたい至言の書

[レビュアー] 友成那智(大リーグ研究家)

 癌医療の分野では、患者の癌と向き合う能力が生死を分けると言われて久しい。それと同じことが言えるのがトミー・ジョン手術(側副靭帯再建術)である。

 この手術を受けた者のうち、2割くらいはダルビッシュ有のように1年で復帰し、以前よりも速いボールを投げるようになるが、逆に以前の球速や制球力を取り戻せない者や、手術が失敗して再起できない者も同じくらいの割合で出るので、現在もリスクの高い難手術なのだ。

 しかも、この手術は一度目の成功率は7~8割だが二度目は4割以下になり、三度目の成功例は世界でも数例しかない。その数例の一人になったのが元ヤクルトの館山昌平だ。

 館山が不可能を可能にしたのは、投手生命を危うくする故障を何度も経験したことで患部の状態を的確に感じとる能力を身につけたからだ。この手術では術後に予測できない不具合が次々に生じるため、パニックになって誤った選択をしがちだが、館山は細心の注意を払って痛めた肘と接し、その時々の状態を的確に把握できたので、いかなる不具合にも適切に対処していった。その地道な作業を積み重ねたことで館山は三度目のトミー・ジョン手術を乗り越えて奇跡の復活をなし遂げたのである。

 この手術の最大の勝者を館山とすれば、最大の敗者は大谷翔平が所属する大リーグのエンジェルスだ。日本で大リーグ中継は高齢者のゴールデンタイムである午前中にあるため、数百万人のオールドファンがテレビに齧りついて大谷翔平の応援をしているが、最近よく聞かれるのが「大谷以外まともな先発投手がおらん」というボヤキだ。

 そんなことになったのはトミー・ジョン手術が風土病と化し、多大な人的損失が生じたからである。とくに2018年には先発の1番手(リチャーズ)、3番手(大谷)、クローザー(ミドルトン)を含む6投手が同手術を受ける異常事態となった。それでも、手術が首尾よくいけば救われるが、エ軍はトレーナー陣の能力が低いこともあって「成功」に終わったケースは皆無で、大谷は以前の制球力を取り戻すのに2年半かかり、それ以外の5人は以前の球速を取り戻せないまま2021年の開幕時までに一人もいなくなった。

 今この球団に必要なのはトミー・ジョン手術に対する「意識改革」だ。その手始めにトレーナー陣、コーチ陣は館山の本を英訳して読んでみたらどうだろうか? この本には、一筋縄ではいかない同手術に対処するいいヒントが詰まっている。

新潮社 週刊新潮
2022年10月20日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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