世間の偏見と闘い続けた男の「最後に勝つ負け方」

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世間の偏見と闘い続けた男の「最後に勝つ負け方」

[レビュアー] 吉田豪(プロ書評家、プロインタビュアー、ライター)

 先日亡くなったアントニオ猪木の病床からのリモートインタビューを収録したこの本。どうせ死ぬんだからとそれまで言えなかった真相を告白するなんてことは一切なく、いままで言い続けてきたことを言葉少なに語っているだけで(15分の予定が30分になったそうだが、それぐらいの体調だった)特筆すべきことはないんだが、(ジャイアント)馬場と猪木がテーマの本で「俺にとって馬場さんはライバルではあったけれど、本当の意味でのライバルは他のメジャースポーツであり、俺の敵は世間のプロレスに対する偏見だった」と相変わらず言い続けているのは興味深かった。確かに猪木は世間の偏見と闘うためにモハメド・アリをリングに引っ張り上げて多額の借金を背負ったりしてきたが、それでも温泉に行くと老婆に「あら、ジャイアント馬場さん!」と間違えられたりしていた。つまり、猪木にとって世間とは「プロレス=ジャイアント馬場だと思っている世の中」のことでもあり、世間との闘い=ジャイアント馬場との闘いだったのだ。

 新日本プロレスが地上波中継の視聴率で全日本プロレスに圧勝して「これはプロレスブームではなく新日本プロレスのブームである!」と言われても、政治家になってイラクの人質を解放しても、どんなにあがいても猪木は馬場という釈迦の巨大な掌の中。2人のライバル関係にスポットを当てたこの本もあからさまに新日本~猪木のページのほうが多いぐらいなんだが、馬場が’99 年に亡くなってから20年以上経ってもなんで自分と比較され続けるんだというモヤモヤを抱えていたはずだ。

 晩年の猪木が、やせ衰えていく姿もそのまま公開したのは、死んだことも隠し通そうとした馬場に対する返答だったんじゃないかとボクは思う。猪木の著書『最後に勝つ負け方を知っておけ。』のように、最後に死に様で勝とうとしたと考えたほうがしっくりくるのである。

新潮社 週刊新潮
2022年10月20日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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