『ゾラ・セレクション 6 獣人』
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鉄道の路線上で起こる殺人事件や強姦、自殺……
[レビュアー] 野崎歓(仏文学者・東京大学教授)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「鉄道」です
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産業革命ののち、西欧は資本主義と科学技術の全盛期へと突入する。その象徴が鉄道だ。19世紀、鉄路は小説の中にも延びていく。
ディケンズの怪奇譚「信号手」にしても、トルストイの悲劇的な『アンナ・カレーニナ』にしても、鉄道をめぐって文豪たちの想像力はとかく「事故」に向かいがちだったようである。巨大な鉄の塊が疾駆するさまは、感嘆とともに恐怖をも呼びさました。
とりわけ凄まじいのがエミール・ゾラの『獣人』(一八九〇年)だ。作中、殺人事件や強姦、自殺が幾度も描かれる。「遺伝性のひび割れ」に狂わされ、あくなき快楽追求や妄念の果てに破滅する者たちの姿。それを描くゾラの筆致は生々しくも活力にあふれ、つい興奮を誘われてしまう。
事件はすべて、パリとル・アーヴルを結ぶフランス西部鉄道の路線で起こる。蒸気機関車がとどろかせる「雷鳴」のような大音響が、人間たちの狂奔をこれでもかと煽り立てる。恐るべき究極の鉄道小説と言えるだろう。
のちにジャン・ルノワール監督が複雑な筋をすっきり整理して見事な映画に仕立てた。原作結末の名高い暴走シーンは、のちの鉄道パニック物の発想源になったとも考えられる。だが「愛国的なリフレーンを怒鳴り散らす兵隊を満載した家畜車」がもたらす戦慄の光景には、どんな映画もいまだ追いついていない。ゾラの驀進する列車はわれわれの時代をもまっしぐらに駆け抜けていく。