『近代日本の競馬 大衆娯楽への道』杉本竜著(創元社)

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近代日本の競馬

『近代日本の競馬』

著者
杉本 竜 [著]
出版社
創元社
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784422701264
発売日
2022/06/16
価格
2,750円(税込)

書籍情報:openBD

『近代日本の競馬 大衆娯楽への道』杉本竜著(創元社)

[レビュアー] 金子拓(歴史学者・東京大准教授)

戦争越え 熱いレース愛

 戦国時代に騎馬武者たちが乗った馬は、体高からいえば現在のポニー程度であったという。映画やテレビドラマで、サラブレッドのような立派な馬を駆って疾走する武将の姿が目に焼きついているから、当時の文献や出土した骨による裏付けがあるといわれても、俄(にわか)に受け入れることができない人も多いのではあるまいか。

 本書を読むと、武士が乗る馬の体格は、明治維新の頃まであまり変わっていなかったらしい。明治11年のパリ万国博覧会に日本の馬が出品されたとき、欧州の人から「百年前の馬」「考古学上の参考品」だと揶揄(やゆ)され、屈辱を味わわされたという挿話が紹介されている。

 本書には、明治から第二次大戦終戦直後までの日本における競馬の歴史がまとめられている。「世界で最も競馬が盛んな国」を支えているのが、馬柱を分析して「知的推理」を愉(たの)しむ一般の人びとであることがよくわかった。

 先に触れた屈辱感が馬匹改良の動機付けとなり、また欧化政策の一環として競馬導入が図られた。欧州視察に赴いて海外の競馬事情を学んだ宮内省主馬寮の長官・藤波言忠(ことただ)が主導して競馬の実施が推進される。しかし日清・日露戦争の過程で良質な軍馬育成の必要性を痛感した陸軍が主導権を握ろうとしたり、賭博を忌む世論の根強い反発にゆくてを阻まれる。

 大きな節目となったのが、大正12年における競馬法の成立であった。陸軍の軍縮方針も相まって、馬政は農商務省に移管され、制限はありつつも晴れて競馬は公許された。

 その後戦争が拡大するなかで、中国大陸における輸送手段としての馬の重要性に気づいた陸軍がまたしても介入してくる。陸軍はサラブレッドを嫌い、強靱(きょうじん)な馬を育てるための競争を強いた。けれど、軍の圧力でレース内容が変更されても、払戻し額が減らされても、無観客になっても、競馬を愛する人びとの熱は冷めなかった。それがいまにつながっているのである。

読売新聞
2022年10月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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