<東北の本棚>家族の絆問う法廷物語

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幻告

『幻告』

著者
五十嵐 律人 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784065284476
発売日
2022/07/27
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<東北の本棚>家族の絆問う法廷物語

[レビュアー] 河北新報

 裁判所の新人書記官、宇久井傑(うぐいすぐる)がタイムスリップを繰り返しながら大切な人たちのために奮闘する法廷ミステリー。傑は移動先を選べない。それでも、タイムスリップの規則性を徐々に理解するうちに、何の関連もないように見えていた幾つかの事件が複雑に絡み合っていることにも気付いていく。過去と未来を往来し、事件に関わる人々の足跡を確かめていく傑の歩みは、家族のつながりを見つめ直す人間ドラマでもある。

 最初のタイムスリップは、窃盗を繰り返していたある女性を被告とする第1回公判の後に起きる。意識が飛ばされた先は、傑の幼少時に家を出た後、強制わいせつ事件を起こしていた父親を裁く公判の直前だった。時空を何度も越えるうちに、傑は父親が冤罪(えんざい)事件に巻き込まれている可能性に気付く。嫌悪の対象だった父親と向き合い始め、未来を変えようと試みる。だが、それが父親の命を脅かす事態につながる。

 父親の無実の罪を晴らし、そして、命を助ける方法はないのか。袋小路にはまりかける中、傑は法廷で真実が明らかになるよう仕掛けるだけでなく、過去の自分が父親の人生に正面から向き合うための種をまこうと決意する。

 キーマンとして登場するのが、傑が勤務する裁判所の裁判官、烏間(からすま)信司。烏間は、傑の父親を裁く人物でもある。ある時から、被告人に名前で呼びかけるなど人間味あふれる訴訟指揮を行うようになった烏間の姿は、機械的になりがちな司法の現場の在るべき姿を読者に考えさせてくれる存在でもある。

 作者は盛岡市出身。東北大法学部卒で、現役の弁護士だ。構成は緻密で深い奥行きを感じるが、タイムスリップが計十数回にも及ぶ展開はかなり複雑だ。時空の行き来を図解しながら読み進めることを勧めたい。(安)
   ◇
 講談社03(5395)5817=1870円。

河北新報
2022年10月16日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河北新報社

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