青春の苦みときらめきを描くミステリー『栞(しおり)と嘘の季節』米澤穂信さんに聞く

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栞と嘘の季節

『栞と嘘の季節』

著者
米澤 穂信 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087718133
発売日
2022/11/04
価格
1,815円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

青春の苦みときらめきを描くミステリー『栞(しおり)と嘘の季節』米澤穂信さんに聞く

[文] 朝宮運河(書評家)

守りたいもののために人は嘘をつく――青春の苦みときらめきを描くミステリー

米澤穂信
米澤穂信

頼まれごとの多い堀川次郎と、皮肉屋で大人びた松倉詩門(しもん)。高校の図書委員を務める少年二人の推理と友情を描いた連作青春ミステリー『本と鍵の季節』から約四年。シリーズ続編にあたる長編『栞と嘘の季節』が刊行されます。今回二人が遭遇するのは、トリカブトの押し花を使った栞をめぐる謎。堀川と松倉は事情を知っているらしい女子生徒・瀬野とともに栞の出所を探り始めます。しかしこの三人はそれぞれある理由から嘘をついていて……。
絶妙な距離感が生み出す、青春の苦みときらめき。直木賞受賞後第一作となる、米澤青春ミステリーの最新作について、お話をうかがいました。

米澤穂信
米澤穂信

装丁のデザイン案から生まれた“続編”

―― 『栞と嘘の季節』は『本と鍵の季節』から二か月後の出来事を描いた、〈図書委員〉シリーズの第二弾です。主人公の高校生二人のその後を書きたいという思いは、以前からお持ちだったんでしょうか。

 もともとシリーズ化を考えていたわけではないんです。『本と鍵の季節』の単行本を作っている際に装丁のデザイン案を三パターン見せていただいて、それがどれも素晴らしかった。迷った末、単行本にはグリーンが基調のデザインを使用したんですが、他の二案も捨てがたくて「これらは続編で使いましょう」と編集さんと冗談半分で話していたんですね。まったく瓢箪(ひようたん)から駒のような話なんですが、「続編があるならこういう形だろうな」という大まかなイメージが、デザイン案を眺めていた時点で浮かんできたんです。今回それが実現したという形です。結局、装丁は、今回の新作の内容に合わせてデザイナーさんが新しく作ってくださいました。

―― 堀川次郎と友人の松倉詩門は高校二年生。ともに北八王子市にある高校で図書委員を務めていますが、二人を図書委員という設定にしたのはなぜですか。

 これまた成り行きのような話で恐縮なんですが、このシリーズのそもそもの出発点は密室ものやアリバイ崩しなど、ミステリーの主要なパターンを網羅した本を作りませんかというご提案だったんです。それで最初に書いたのが「913」という暗号ものの短編でした。これは本が深く関わってくる話だったので、主人公の高校生コンビを図書委員ということにしたんです。彼らは一回限りの登場になるはずでしたが、編集さんを含めて「もっと彼らの活躍を読んでみたい」という感想を多くいただいて、図書委員シリーズとして書き継いでいくことになりました。

―― 図書室に流れる穏やかな時間が描かれていますが、米澤さんご自身が図書委員をなさっていたとか? 

 そういう経験はありません。図書委員の仕事についても、あらためて調べて書いています。私の通っていた高校の図書室は、すごく賑やかで活気があったんですよ。いつ行っても何人か生徒がいて、コミュニケーションノートで見知らぬ生徒同士が交流したりもしていました。いつも閑散としている堀川たちの高校とは正反対でしたね(笑)。

今回はハードボイルド小説を意識して

―― 『本と鍵の季節』の最終二話で描かれた事件を経て、堀川と松倉は久しぶりに図書室で再会します。まるで何事もなかったように言葉を交わすのが、いかにも彼ららしい。

『本と鍵の季節』で描かれるさまざまなエピソードを通して、堀川と松倉の距離は変化していきました。当然今回はその変化を受けての続編ということになるのですが、何があったかは詳しく触れる必要がないだろうなと。前作のネタばらしになるからという事情もありますけど、堀川だったらこういう接し方をするだろうなとも思うんです。

―― カウンターにいた堀川が受け取った返却本には、トリカブトの押し花を使った手作りの栞が挟まれていました。トリカブトといえば致死性の毒を含んだ危険な植物。そのことに気づいた二人は、栞の持ち主を探し始めます。

 続編を決めた時点で、栞から毒物が見つかるというアイデアまで浮かんでいました。当初は作品のタイトルを『栞と毒の季節』にしようと考えていましたが、「毒」という言葉はちょっと悪辣なニュアンスがあるので、連載開始前に「嘘」へと改めたんです。

―― 廊下に張られた写真コンテストの入選作品にもトリカブトが写っていることに気づいた二人は、さらに調査を進めることになります。二人の行動の背後にあるのは、誰かが困るのを見過ごすわけにはいかない、というごくまっとうな価値観です。

 探偵役がどうして事件に関わるのかという部分は、この作品に限らずいつも重視しているところです。ある程度規模が大きくなると、警察が動き出すので堀川たちの出る幕はありません。また彼らは自分たちと関わりのない事件を、好奇心から解き明かすというタイプでもない。最初はあくまで図書委員の仕事として栞の持ち主探しに関わっていて、その後ある人物に助けを求められたことで事件への向き合い方が変化する、という流れをしっかり描くように心がけました。

―― ウイットに富んだ軽口をたたき合いながら、栞とトリカブトの出所を探っていく堀川と松倉。二人の描かれ方はどこかハードボイルド小説を連想させます。

 今回この長編を書くにあたって念頭に置いていたのはハードボイルドであり、捜査小説なんです。その意味ではおっしゃるとおりですが、文章面では特にハードボイルドを意識してはいませんでしたね。ハードボイルドの文体は主人公が何を考えているのか明かさないのが要諦ですけど、堀川の描き方は違いますから。
 ただ彼らは見栄っ張りというか、こうありたいという理想の姿に忠実過ぎるところがある。前作で松倉が図書館のルールを守ることについて「どんな立派なお題目でも、いつか守れなくなるんだ。だったら、守れるうちは守りたいじゃないですか」と言う。これは堀川にしても、まったく同じ思いだったと思います。彼らにはここだけは譲りたくないというものがあり、それを守るために意地を張っている。それは突き詰めれば、ひとつの「美学」ということになるかもしれません。美学はハードボイルドの基本ですからね。

嘘によって生まれる人間関係もある

―― トリカブトの植えられた校舎裏で、堀川たちは瀬野という女子生徒に遭遇。何か事情を知っているらしい瀬野に協力する形で、二人はトリカブトを用いた事件を調べ始めます。しかし三人はお互いにある嘘をついていて、本心を明かしていません。

 ええ、三人それぞれが異なる理由で嘘をついています。堀川にも松倉にも瀬野にも守りたいものがあって、そのためには嘘という手段を取らざるを得ない。彼らが何を守ろうとしていたかが明らかになることで、それぞれの人間性も露わになる。学校で軽く付き合うだけの関係からより深い関係になる、という変化を描きたかったんです。そもそも彼らは自分が秘めていることを積極的に口にするタイプではないし、そうする理由もない。だからまず嘘をつくことから人間関係をスタートさせていく。これはこの三人に限らず、現実でも往々にしてあることじゃないかと思います。

―― 瀬野は「ずばぬけてきれいだけれど性格が悪い」と噂されている、学校でも目立つ存在です。彼女はどんなキャラクターとしてお書きになっていますか。

 瀬野は『本と鍵の季節』の会話中にすでに登場しているんですよね。校則違反を指摘されて、靴下をゴミ箱にたたき込んだという武勇伝が語られています。彼女を再登場させるにあたって、その思い切った行動がどんな心に基づいているんだろうと考えたんです。推測されるのはよっぽど社会性が欠如しているか、でなければ心中に何か焦りがあるか。おそらく彼女の場合は後者だろうなと思ったんです。

―― 彼女が人知れず抱えている悩みは、きれいすぎる外見に由来するものでした。ルッキズム(外見至上主義)という言葉が認知されるにつれて、近年注目されている問題です。

 校舎裏にやってきた松倉たちと出会った瀬野は、「花を探しに来たんだ」という松倉の言葉に、一瞬怒りの表情を浮かべます。自分のことを言われたのかと思って。あまり印象的なシーンではないかもしれないですが、ここに瀬野の問題が表れているんです。とはいえ現代的な話題を好んで取り上げたわけではなくて、人はどういう時に悩むのだろうかと考えた結果出てきたものです。瀬野のような悩みはこれまで話題にならなかっただけで、大昔から存在したとは思うんですよね。

踏み込まないけど、尊敬しあっている二人

―― このシリーズでいつも魅力的に感じるのは、堀川と松倉の絶妙な距離感です。親しい友人同士なのになれ合いにならず、お互いのプライベートな部分には踏み込まない。でもしっかり信頼しあっているのが伝わってきます。

 もうちょっと踏み込んでもいいんじゃないか、とも思うんですけどね(笑)。この二人はたまたま図書委員の仕事で一緒になったという間柄に過ぎません。それが『本と鍵の季節』で描かれる事件を通して、お互いを知っていき、知っていたつもりが分かっていなかった、ということも理解する。さっき言ったことと重なりますが、それを受けてスタートする続編なので、二人の距離がぐっと近くなっていたらおかしいんですよ。堀川と松倉はお互い「いいやつ」だと思っているのは間違いありません。でも扱いやすいやつだ、というニュアンスは含まれていない。相手に対する敬意があるんです。

―― 松倉をはじめとして、このシリーズには家庭の事情を抱えた生徒たちが登場します。さりげなく暗示される“学校の外側”が、物語に陰影を与えていますね。

 そこはこれまで書いてきたシリーズと大きく違うところですね。生徒たちは“学校の知り合い”として顔を合わせていますが、すでに一個の人間として歩き始めているので、それぞれ複雑な事情を抱えていて当たり前だろうと。そういう意識で登場人物を描いています。作中であえて説明はしていませんが、松倉がいつも妙なジュースを飲んでいるのも、事情があってのことなんですよ。

―― 栞に秘められた毒はやがて、ある人物が救急搬送されるという事態を招きます。毒物の脅威に覆われていく校内。毒を手にしているのは誰なのか? そんな緊迫した物語を、ときおり差し挟まれる堀川と松倉のユーモラスな掛け合いが救っています。

 気に入っているのは書名で遊ぶくだりです。書名に季節の入った本を挙げていくのですが、たまに存在しない本を挙げたりする二人の馬鹿馬鹿しいやりとりを、瀬野が横で見守っている。ああいうシーンは書いていて楽しかったですね。

誰かの悲しみや苦しみに“分かったふり”をしない

―― そもそもトリカブト入りの栞は数年前、ある人物が切実な思いから作ったものでした。その行動の背景にどんな事情があったのかははっきり書かれていませんが、相当つらい出来事があったことが伝わってきます。

 その部分は書こうと思えばいくらでもえぐい話にできたんですが、そうすることに意味があるとは思えなかった。悲惨な出来事を見たければ現実社会にいくらでも転がっているわけで、それを小説の中でことさら「どうだ悲惨だろう、えぐいだろう」と書くのは露悪趣味でしかないなと。悪を書くのは構わないんですが、露悪的にしたいとは思いません。それなら現実で十分じゃないかと思ってしまいます。

―― 捜査によって少しずつ浮かび上がってくる事件の姿。いくつもの伏線が回収され、意外な真相が明らかになるクライマックスに感嘆しました。プロットは連載前に隅々まで決めておられたんでしょうか。

 もちろん最後まで作っています。ただ書き始める前に作ったプロットなので、具体的なエピソードを書いていくうちに「人の心はこうは動かないだろう」と引っかかる部分が出てきて、そういう場合はプロットを修正しなければなりませんでした。書くことで初めて登場人物の心情が見えてくる、ということはありますからね。今回悩んだのは、瀬野の過去にまつわる部分です。物語の根幹に関わるところなので、細心の注意を払って書く必要がありました。それに瀬野が自分の過去を、堀川たちに進んで明かすとも思えない。情報をどう開示していくかという部分にも苦労しましたね。

―― 真相を知った堀川と松倉は、それ以上深入りすることなく自分たちの日常に戻っていきます。困っている人がいたら助けはするけど、他人の生活に土足で踏み込むことをしない。そうした節度のようなものも、このシリーズの魅力ではないでしょうか。

 ありがとうございます。この作品の登場人物たちがなぜ毒を必要としたのか、それは堀川や松倉には分かりようのないことなんです。そして分かり得ないものに対して、表層的に「分かったふり」をするのは、偽善というより悪だと思う。二人はそこをわきまえているので、一緒に悲しんだりはしない。そうした節度は現代において、すでに必須のスキルなのかなとも思います。以前は苦しんでいる人を目の前で見る機会ってそうそうなかったわけですけど、現代は誰かの悲しみや苦しみがネットでもリアルでも日常的にあふれています。それに対して私たちはつい他人の悲しみを悲しみ、他人の怒りを怒ってしまう。でも堀川と松倉は決してそういう流れには乗らないだろうな、という気はしますね。

―― 「嘘」によって紡がれる友情の形。『栞と嘘の季節』はミステリーの手法を用いて、青春時代の残酷さやきらめきを切り取った素晴らしい作品だと思います。堀川と松倉がこの先迎える、新しい「季節」も楽しみですね。

 この作品に限った話ではありませんが、いつの時代にも通じる普遍的な青春小説を書いたつもりです。「現在」をどれだけ意識しても文庫版が発売される二、三年後には古びてしまうわけで、それよりも時代を超えるものを書きたいと思っています。
 友情といえば、『栞と嘘の季節』は二つの友情が書けていれば成功したといえるんじゃないでしょうか。ひとつはもちろん堀川と松倉の友情。そしてもうひとつは彼らが捜査によって辿り着く、隠された友情です。そこから何かを感じ取っていただければ、作者としては嬉しいですね。続編については本作の評判次第ですから(笑)、まずは『栞と嘘の季節』を多くの方に楽しんでもらえればと思います。

米澤穂信
よねざわ・ほのぶ●作家。
1978年岐阜県生まれ。2001年『氷菓』で第5回角川学園小説大賞(ヤングミステリー&ホラー部門)奨励賞を受賞してデビュー。著書に『折れた竜骨』(日本推理作家協会賞 長編及び連作短編集部門)『満願』(山本周五郎賞)『王とサーカス』『本と鍵の季節』『黒牢城』(山田風太郎賞、直木賞、本格ミステリ大賞)等多数。

聞き手・構成=朝宮運河/撮影=露木聡子/撮影協力=北沢書店

青春と読書
2022年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

集英社

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