癖が強い作品を厳選した天下無双の強烈アンソロジー

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癖が強い作品を厳選した天下無双の強烈アンソロジー

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

 英米文学翻訳界きってのメキキ、岸本佐知子と柴田元幸の編訳によるアンソロジーが『アホウドリの迷信』。副題に「現代英語圏異色短篇コレクション」とあるように、これまでほとんど日本で紹介されてこなかった作家を4人ずつ選んで訳してくれているのだけれど、すべての作品が癖が強すぎて天下無双なのだ。

 とある城に滞在を強いられている人々が、楽しい話を語りあうことになる。ノルウェー人作家が始めたヨハンという男をめぐる話は、でもハッピーエンドとは思えない恋愛譚。ところが―。最初におかれた、このレイチェル・クシュナーの「大きな赤いスーツケースを持った女の子」が存外わかりやすい小説なので、「なぁんだ」と気を抜くと、続くルイス・ノーダンの「オール女子フットボールチーム」で、変わった物語好きの目はらんらんと輝くはず。女子生徒によるアメフトのチームに魅せられた高校2年生の〈僕〉が経験する、めくるめくジェンダーの揺らぎと拡張という内的冒険にタッチダウンを食らうこと必至なんである。

 生きもののような古い家で、息子の来訪を待ちわびているお祖母ちゃんを筆頭とする、老いた3人姉妹に育てられている子供。音信不通になってしまった船乗りの亭主に絶望している若い妊婦の家に、突如出現した大きなアホウドリ。11歳の天才少女がミシンを土台に発明した、麻薬的な魅力を備える不思議な機械。言語と理屈の関節が脱臼しまくったような語りが狂気ばしってて可笑しい3つの掌篇。生きづらさを抱えた17歳の少女が体験する奇跡のように美しく、しかし哀しくてたまらない一夜の光景。泳ぐことで不条理な世界をサバイブする10代の姉妹。

 どの作品もわかりやすくはないけれど、一読忘れがたい強い印象を残す。しかも、岸本&柴田による解題対談もついていてお得感満載。他の訳者たちによる競訳も読んでみたい! 是非シリーズ化して下さい。

新潮社 週刊新潮
2022年10月27日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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