名シーン満載“コッポラの傑作” 謎と狂気は原作そのものだった!

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闇の奥

『闇の奥』

著者
コンラッド [著]/黒原 敏行 [訳]
出版社
光文社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784334751913
発売日
2009/09/08
価格
704円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

名シーン満載“コッポラの傑作” 謎と狂気は原作そのものだった!

[レビュアー] 吉川美代子(アナウンサー・京都産業大学客員教授)

 好き嫌いに関係なく、人生経験として観るべき映画、それがコッポラ監督の傑作『地獄の黙示録』だ。原作は1899年に発表されたコンラッドの『闇の奥』。

 ヨーロッパ各国の植民地となっていた19世紀末のアフリカ。船乗りマーロウはコンゴ川の上流に向かう船の船長となり、奥地で重病となった白人男性の救出に向かう。クルツというその男は、膨大な量の象牙の入手に絶大な力を持つという伝説の人物だった。謎めいたクルツに興味を抱きつつ、マーロウは密林の奥へと船を進めていく。

 この物語の舞台をコッポラ監督はベトナム戦争後期に置き換えた。ウィラード大尉は、元陸軍特殊部隊グリーンベレーの隊長だったカーツ大佐暗殺の密命を帯びて、ベトナムからカンボジア奥地へと川を遡っていく。カーツ大佐は軍の命令を無視して密林の奥に自らの王国を築いていたのだ。道中、ウィラードが遭遇する戦場の有り様。ヘリ部隊がワーグナーの「ワルキューレの騎行」を大音量で流しながら村をナパーム弾で焼き尽くす場面に満ちる戦慄と陶酔感。爆撃後に隊長が口にする「朝のナパームの匂いは格別だ」は映画史に残る名台詞の一つだ。慰問にやってきたプレイボーイ誌のプレイメイトたちの姿に興奮した兵士たちの暴動寸前の狂乱ぶり。CGではない迫力に満ちた映像美が、観る者を一気に戦場の狂気の中に放り込む。

 マーロウが見た植民地政策の残酷さと文明の届かないアフリカ奥地で体験した恐怖は、ウィラードが見た戦場の狂気と恐怖に通じる。クルツとカーツ大佐が築いた王国の異様さと心の闇も受ける印象は全く同じだ。『地獄の黙示録』は原作の見事な映画化と言えよう。

 原作は4回翻訳されたが、黒原敏行訳がお薦め。映画は劇場公開版ではなく、ファイナルカット版がいい。理解しようと力まずに読んだり観たりする。描かれた狂気、文明から隔絶された密林の闇と心の闇、それらに魂をからめとられてしまう恐怖をそのまま感じるのだ。そうすれば「怖ろしい」「地獄の恐怖」などと訳されるクルツとカーツ大佐の最期の言葉「The horror」を実感として理解できるだろう。

新潮社 週刊新潮
2022年10月27日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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