『翻訳、一期一会』鴻巣友季子著(左右社)
[レビュアー] 辛島デイヴィッド(作家・翻訳家・早稲田大准教授)
機械翻訳の精度が急速に伸びている。翻訳家の仕事がすぐになくなるわけではないが、求められる役割は確実に変わってきている。文芸翻訳も聖域ではない。
そんな中、「翻訳問答」シリーズの第3弾となる本書は、人間味ある翻訳の魅力を再認識させてくれる。
ベテラン翻訳家の著者とゲストが(時には重訳を介して)同じ原作を翻訳し、対談当日に初めて講評し合うのが基本的な形式。複数の訳者がイベント会場で同じテキストを訳す「トランスレーション・スラム」に近いライブ感が味わえる。
今回の文学畑からの対談相手は、ドイツ在住の小説家・多和田葉子や韓国文学の翻訳家・斎藤真理子など、対象言語・文化も幅がある。
美術家の横尾忠則によるボブ・ディラン『風に吹かれて』訳やミュージシャンのダイアモンド●ユカイによるイーグルス『ホテル・カリフォルニア』訳も楽しい。第一線で活躍するアーティストならではの自由な「読み」を通して、馴染(なじ)み深い作品が生まれ変わる。
本書で交わされるのは、翻訳というレンズを通した良質な創作論でもある。ぜひ授業でも活用したい。