『非暴力の力 (原題)THE FORCE OF NONVIOLENCE』ジュディス・バトラー著(青土社)
[レビュアー] 中島隆博(哲学者・東京大教授)
根底から暴力の論理批判
この世に抜き難(がた)くある暴力に対してどう抵抗すればよいのか。ジュディス・バトラーはここで非暴力を提起する。それは具体的には、「デモ、泊まり込み抗議(エンキャンプメント)、集会(アセンブリ)、ボイコット、ストライキ」あるいは「市民的不服従」としてイメージされるものだ。
ところが、こうした非暴力は一方で、すでに暴力の場の中にいる人が行使する対抗暴力からすれば「弱い」ものであり、他方でそれが差し向けられる国家や組織からすれば「暴力的」としばしば名付けられるものだ。
そのためバトラーは、対抗暴力に対しては、それが前提としている自己防衛や自己保存が守ろうとする「自己」を問い直し、名付けの暴力に対しては、それ自体がマイノリティに対する制度的暴力の発露であると批判するのである。
こうして非暴力は、「自己」を析出する個人主義的な枠組みを超えて、他者との根源的な相互依存に基づいたものでなければならないし、制度的暴力とそれを支える《幻像(ファンタスマゴリア)》に対する批判的思考を必要とする。
その結果、バトラーは徹底した平等概念に突き進み、「人間、動物を問わず、世界のあらゆる住人に奉仕するグローバルな義務という考え」を提唱するに至る。それは哀悼可能な生、すなわち哀悼できるとして、その命を救う価値のある人々と、そうではない人々を分割する権力を認めないということだ。
バトラーは問う。「誰も非暴力に賛成せず、誰もその不可能性を追求しない世界に住みたいか」。
もし答えが否であるのならば、わたしたちは非暴力という非現実的なものを、暴力の現実を超えて想像する、「別の想像力」を育まなければならない。それは、ガンディーが「愛の法」や本書巻頭の引用句にもある「魂の力」によって告げていたものだ。
ウクライナ戦争が長期化し、イランでの女性への暴力が露呈する今日、暴力の論理を根底から批判する思考に触れる一書である。佐藤嘉幸・清水知子訳。