『終止符のない人生』
書籍情報:openBD
『終止符のない人生』反田恭平著(幻冬舎)
[レビュアー] 堀川惠子(ノンフィクション作家)
一音に全力 偉才の歩み
昨秋、ショパン国際ピアノコンクールの動画配信で著者の「ラルゴ」を聴いた時、こんな音を紡ぐ20代とは一体どんな人生を歩んでいるのかと衝撃を受けた。その自伝たる本書は、まさに「求道」の書だった。
絶対音感に恵まれた偉才は、険しい道を厭(いと)わない。厳寒の中、風呂も食事も会話もままならぬモスクワ留学。理不尽な人種差別や資金繰りの壁。苦しい経験はすべて音楽の滋養、最大の敵は自分自身。若くして亡くなった友の無念は、全身全霊で一音に注ぎこむ。「旧態依然たるクラシック音楽業界」で脚光を浴びても、気鋭のピアニストの座には安住しない。コロナ禍ではいち早く有料配信を成功させた経営者の顔も持つ。
「真剣に対峙(たいじ)するべき大事な試練が10年に一度は訪れる」と臨んだのが、世界が注目するショパンコンクール。失敗すれば、せっかく築いた実績を損なうリスクもあった。3度の予選を経てファイナルまで3週間弱の壮絶な戦い。「人格崩壊」の危機を感じながら51年ぶりに日本人最高位に並ぶ第2位の栄冠を勝ち取るプロセスは、その次元に達した者しか味わうことのできぬ緊迫感と達成感に満ち満ちている。
人生の岐路には必ず真っ当な大人が現れ、進むべき道を照らしてくれた。丁寧に綴(つづ)られる感謝には、大人の役割とは築いた地位を独占することではなく、若い才能を育て見守り、世代交代を促すことではないかと教えられるよう。著者自身、これからの目標は未来の音楽家のための学校設立という。
この自伝が幸せなのは、著者がまだ完成形の偉人ではないことだ。赤裸々に吐露される悩みや迷い、チラリとのぞく弱みにまで深く共感する。放つ光の強さは異なれど、あらゆる現場で懸命に戦い続ける人生はどこか相似形を描くものなのだろう。ここぞと引用されるチェーホフの叫びに、しびれた。
「くすぶるな、燃え上がれ」