携帯の電波が届かず、一週間で水没する地下に閉じ込めらた上に殺人事件が……極限すぎるミステリ作品

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  • 名探偵のいけにえ = THE DETECTIVE MASSACRE : 人民教会殺人事件

書籍情報:openBD

[本の森 ホラー・ミステリ]『君のクイズ』小川哲/『方舟』夕木春央

[レビュアー] 村上貴史(書評家)

 今年六月に発表した満洲の架空の都市を舞台にした大作『地図と拳』が評判の小川哲。新作『君のクイズ』(朝日新聞出版)は、対照的に二百頁に満たない一作。

 優勝賞金一千万円という生放送のクイズ番組『Q-1グランプリ』。それまで勝ち抜いてきた三島と本庄による決勝戦も大詰めを迎えていたが、最終的に本庄が勝利を収めた。だが、その最後の問題において本庄は、出題者がまだ一文字も問題を読まないうちに、正解を答えたのだった……。

 謎の設定は極めてシンプルだ。本庄は、何故、正解できたのか。“やらせ”なのかそうでないのか。敗者となった三島が、その謎に挑む物語である。謎の設定こそ不条理めいて見えるが、推理の過程も三島が到達した結論も極めて真っ当だ。飛び道具も魔球も使っていない。これがまず嬉しい。しかも、三島の謎解きを通じて、彼自身の、そして本庄の人間性や、それが形成される過程も見えてきて、小説としての愉しみも味わえる。充実した小品だ。

 夕木春央の第三作『方舟』(講談社)は、おそらくは密かに造られ、そして廃棄された地下三階建ての建造物に、地震の影響で閉じ込められた十人の物語だ。一応、電気と水、缶詰などはあるが、携帯の電波は届かない。また、地下から水が上がってきていて、およそ一週間でこの建造物は水没する。そんな極限状況のなか、殺人事件が起きた……。閉鎖環境の息苦しさがきっちりと伝わってくるなかで、手掛かりを丁寧に扱った細かい推理を重ねて一歩ずつ真相に迫るという手順が美しい。特に、首を切った理由を導く展開は見事だ。そしてそんな推理の果てに待つ“まさか!”が絶品である。切れ味といい衝撃といい、満点も満点、二重丸三重丸を付けたくなる幕切れだ。最後に発動したシンプルにして効果抜群の仕掛け――これによって、生涯記憶に残るミステリとなった。

 米国からガイアナに逃れたカルト教団が、子供を含む九一四人の死者を出した一九七八年の集団自殺事件を記憶されている方も多かろう。白井智之『名探偵のいけにえ 人民教会殺人事件』(新潮社)は、人民教会というカルト教団が、ガイアナの奥に築いた集落を舞台に、同規模の死者を出した事件を、現地に乗り込んだ大学生の有森りり子と探偵の大塒の推理を交えて語った長篇だ。大塒の到着後、密室殺人や毒殺といった“不可能犯罪”と思われる事件が連続するのだが、本書の特徴は、帯に記載のように一五〇頁に及ぶ解決編にある。ここでは教団の特殊な信仰を背景とする緻密な推理が続くのだが、特筆すべきは、その間に驚愕が途絶えることがない点だ。一つの推理を延々と平板に語るのではなく、手掛かりに基づく推理による驚愕に、別の思考での新解釈が加わって新たな驚愕が生じ、さらに――という一五〇頁なのである。そして本書ラストの四〇九頁目で、深い満足に至る。これまた絶賛の一冊だ。

新潮社 小説新潮
2022年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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