吸血鬼や超能力者が実在したら? ”超マイノリティ”な主人公を描いた小説2作

レビュー

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あの子とQ

『あの子とQ』

著者
万城目, 学
出版社
新潮社
ISBN
9784103360131
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

夜がうたた寝してる間に

『夜がうたた寝してる間に』

著者
君嶋, 彼方, 1989-
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041128329
価格
1,650円(税込)

書籍情報:openBD

[本の森 恋愛・青春]『あの子とQ』万城目学/『夜がうたた寝してる間に』君嶋彼方

[レビュアー] 高頭佐和子(書店員・丸善丸の内本店勤務)

 吸血鬼が実在するとしたら、今どんな生活をしているだろう。人間を襲うのはリスクが高すぎる。正体がバレる危険はどう回避しているのか。万城目学『あの子とQ』(新潮社)を読んでから、そんな妄想が止まらない。隅々まで完成されているのに、ほどよい脱力感がある万城目ワールドの魅力に、どっぷりハマってしまった。

 主人公は青春真っ只中の高校生・弓子だ。親友ヨッちゃんの恋のために奔走し、誕生日の外食を楽しみにする健やかな毎日を送っているが、実は吸血鬼である。子どもの頃から両親に「血の渇き」の恐ろしさを教えられているので、血液を口にしたことはない。十七歳になれば「脱・吸血鬼化」の儀式を受けて、血に誘惑される心配はなくなるはずなのだが、誕生日の十日前に「Q」と名乗るトゲトゲのばけものが現れる。儀式を行うにあたり、人間の血を吸っていないか監視にきた証人だという。つきまとってくるQに冷たい態度を取ってしまう弓子だが、ある事故に巻き込まれ、吸血鬼として最悪のピンチに見舞われてしまう。

 そして、ここから弓子の大冒険が始まる。大好きなヨッちゃんや、自分のせいで苦境に立たされたQのために、危険を顧みず突進する純粋さが愛しい。吸血鬼たちが社会に順応するために苦労してきた歴史や、Qの正体が次第に明らかになっていくのだが、マイノリティとして生きてきた彼らの苦悩と誇りは、読者である私の胸にも迫ってきた。吸血鬼たちが安心して暮らせる世の中であること、弓子とヨッちゃんとの友情がずっと続くことを、願わずにいられない。

 君嶋彼方『夜がうたた寝してる間に』(KADOKAWA)の主人公も、超マイノリティだ。高校生の旭には、時間を止める力がある。羨ましい超能力だが、それは彼を幸福にしていない。一万人に一人の割合で存在するさまざまな特殊能力所持者に対し、差別意識や敵意を持つ人は少なくないのだ。常にバッジをつけて自分が「能力者」であることを周囲の人に知らせなければならない。学校では不正を働かないように監視されている。「特地区」と呼ばれる町で生活すれば偏見に苦しむことはなくなるが、一般社会で暮らすことを望んでいる旭は、明るく社交的に振る舞い、軋轢を生まないように努力してきた。上手く立ち回れているはずだったのに、ある日学校で事件が起き、犯人ではないかと疑われてしまう。

 能力者仲間たちの孤独や覚悟、自分と同じ能力を持つ父親の願い、子供の頃からそばにいてくれた親友の心……。自分だけが苦しんでいると思っていた旭だが、疑惑を晴らそうと奮闘する中で、身近な人たちの抱えてきた思いに初めて気がつく。大切なもののため一歩を踏み出した旭の真っ直ぐさは、わかり合うことを諦めがちな私の心にも、大切なものを残してくれた。

新潮社 小説新潮
2022年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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