『子供が王様』
- 著者
- デルフィーヌ・ド・ヴィガン [著]/河村 真紀子 [訳]
- 出版社
- 東京創元社
- ジャンル
- 文学/外国文学小説
- ISBN
- 9784488016814
- 発売日
- 2022/08/31
- 価格
- 2,420円(税込)
書籍情報:openBD
“我が子の日常”がYouTubeで人気に 誘拐事件で露わになるネット社会の闇
[レビュアー] 阿部日奈子(詩人)
2019年11月10日夕方、6歳の女児キミーが忽然と姿を消す。兄や近所の子供たちとかくれんぼをしていた公園に、ラクダのぬいぐるみを残して……。
事件が二人の女性を出会わせる。一人はキミーの母のメラニー、もう一人は捜査に当たる警察官のクララだ。ともに30代の二人は、それまでは別世界の住人だった。メラニーはパリ南郊の高級マンションに暮らす専業主婦。しかし実はフォロワー数五百万人を誇る人気ユーチューバーで、一家はスポンサー収入で生計を立てている。一方パリ司法警察局所属のクララは、独身で官舎住まい。卓越した文章力と明晰な頭脳を買われ、若くして捜査記録官のポストに就いている。同時代を生きてきたメラニーとクララだが、共通点といえばリセエンヌだったころにTVで流行りのリアリティ番組を視ていたことくらい、生い立ちは対照的だ。母親とそりが合わず自己不全感を抱いていたメラニーは、今や他人の称賛を得ることが生き甲斐になっている。20代で両親を相次いで亡くしたクララは、人間の脆さを知る故に、確かな証拠、在るべき正義にしがみつく。メラニーの生活を虚とすれば、クララのそれは実。著者は二人の過去と現在を、断片的なエピソードを配してリアルに描き出してゆく。
小説はもちろんキミーの誘拐をめぐって展開するのだが、読者を震え上がらせるのは、犯人捜しよりソーシャルメディアの脅威、その影響力と中毒性だ。メラニーは動画をアップし、遊び歌い買物し食事する子供たちの姿をフォロワーと共有する。キミーも兄のサミーも撮られる子供、視られる子供なのだ。ひと昔前まで衆目を集めるのは有名人の子供だったが、いまでは子供が親をネット界のスターに押し上げている。インタビューで「我が家では、子供が王様なんです」と語るメラニーだが、事実は逆。子供たちはわけもわからないまま、撮られ曝され稼がされ、いわば親の奴隷となっている。キミー誘拐犯は、五百万フォロワーのうちに潜んでいるのだろうか、それとも……。
個人情報の保護が叫ばれ、名刺から住所が、履歴書から本籍地や性別が消え、属人的要素を隠す方向に進む実社会。一方ネット上では常時接続SNSが伸張し、追跡アプリの位置確認で行動が丸裸になってゆく。相反して見える両現象だが、根は不可分に絡んでいるのだろうか。
小説の最後は2031年。かつて奴隷だった子供が反乱を起こし、親を法廷で弾劾する未来は、すぐそこまで来ている。