写楽を支えた女とは 新しい「写楽像」を産んだ受賞作

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写楽女

『写楽女』

著者
森 明日香 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758414319
発売日
2022/10/14
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

写楽を支えた女とは 新しい「写楽像」を産んだ受賞作

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

 写楽をめぐる人間関係に新機軸を見出した第十四回角川春樹小説賞受賞作である。

 その人間関係の軸となるのは日本橋通油町にある地本問屋「耕書堂」の女中であるお駒。彼女は買い物に出ようとした時、店に入っていく一人の男を見かける。男は「耕書堂」の主・蔦屋重三郎から写楽と呼ばれる事になる絵師だった。

 蔦屋のもとには絵師や戯作者のたまごである、お駒の幼馴染みの鉄蔵や、余七といった男たちが出入りしているが、写楽の下絵を見た余七はまるで鬼や妖怪を見たかのように写楽を怖れる。

 やがて写楽の描いた大首絵―それは虚飾を取り払い、皺も、下膨れの面も見たままに写し取る、生身の役者を描いたものだった。評価は賛否真っ二つに分かれ、江戸中に衝撃が走った。蔦屋は前述の鉄蔵と余七、それに絵心のあるお駒を加え、蔦屋組写楽工房を組織する。その中で従来の役者絵を最上とする鉄蔵、余七と写楽との間はともすれば険悪なものとなりがちだった。

 一方、かつて離縁の経験のあるお駒の中では、孤独な写楽を見ているうちに人を求める心が再び芽生えてくる。

 写楽の役者絵はひとときの隆盛の後、まったくふるわなくなり、鉄蔵と余七は工房を抜け、お駒だけが残る事になる。

 作者は、写楽は誰からも好まれる絵ではなく写楽にしか描けない絵を描いた天才だったと記す。

 写楽の登場する作品というと、読者は写楽の正体をめぐる謎が物語の軸となっていると思われるかもしれない。が、本書におけるそれは、ストーリーが進むにつれ自然に氷解していく。

 そのかわり、至高の純愛小説として本書は見事に昇華していく。お駒と写楽の細やかな心の有り様から、作中人物のその後が描かれるラストまで、作者の筆致は淀みなく進められていくのだ。

新潮社 週刊新潮
2022年11月3日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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